社会性ある趣味2009年03月15日 22:15

富士ぶさを撮るついでに撮れた、リバイバル塗装の東北・上越新幹線。

昨日、最終の「富士・はやぶさ」を見送った後、大井町のブルドックで青森から来た友人と食事をしながら、鉄道趣味談義になりました。

友人は「鉄道会社から提供されたサービスを無批判に受け入れるような趣味人にはなりたくない。今度の寝台特急の廃止のように、Noと言うべきはNoと言える鉄道趣味人になりたい」と言った趣旨で話をしました。

チキンカツ(全然「Big」ではなかった)を食べつつ、友人の考えを尊重しながら話を聞いていましたが、どうも腑に落ちません。何故だろうかいろいろ考えていたのですが、どうもそれは鉄道趣味自体が「社会性のある趣味」であることに拠るようです。

普通、読書であれ旅行であれスポーツであれ、趣味は趣味の世界でたいてい閉じているのに対し、鉄道趣味は、世の中の流れに影響を及ぼす(少なくとも「かくあるべき」と世の中に対してアピールできる)趣味です。
自分だけかもしれないのですが、例えば「夜行列車は残すべき」と発言した際に、その発言が趣味人としての自分のエゴに拠るものか、それとも世の中というか社会的に妥当性のあるものか、考え込んでしまいます。いいオトナが自分のエゴで世の中へのアピールをしてしまっているか否か?

自分は考え過ぎなのでしょうか?自分でも分かっていないのですが、分かっていないまま「Noと言うべきはNoと言う」のも嫌悪感を感じてしまいます。


現在工作中。多分日付が変わる頃には大まかにまとまりますので、次回更新で本日の成果を取り上げます。