新年のご挨拶2010年01月01日 07:06

初日の出
あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いします

近くの神社で初日の出を見てきました。これから帰省します

ふいに手に入った18きっぷで2010年01月03日 22:17

18きっぷで旅に出よう

東京に遊びに行くのに「青春18きっぷ」を使えるところに住んでいます(ある程度離れたところだと乗車券で往復するより格安)ので、旅行に行く予定が無くてもこの切符を買っておく事があります。今年の冬もそうでしたが、年明け以降使う予定も無かったので友人に譲ってしまいました。

その後、職場で女性社員と18きっぷに関する話をしていました。東京に遊びに行くのに18きっぷを買ったものの1回余ってしまい、年末の帰省で使うみたいです。
「クロポさん電車好きですよね。余った18きっぷ1回分で帰省するんだけど、時間を調べたら半日も電車に乗りっ放し。クロポさんはこういう時どうやって時間潰してるか教えて?」
「いや、自分にとっては極自然な事だから別に考えた事ないな〜。ボーッとして窓の外見てたり、寝てたり、あと自分は酒好きだから車内で『呑み鉄』したり」
「余るのはもったいないけど半日も電車の中で過ごすのは辛過ぎる〜。あ、そうだ。ひょっとするとクロポさん買います?」
「要るw売ってwww使う予定はこれから立てるwwwwwwww」

という訳で商談成立。思いがけず18きっぷ1回分が手に入りました。コイツを使って、今回は雪の降る新潟・只見線あたりをフラリと廻ってくることにしました。そんなに疲れが溜まらずに廻れそうですすし、東京や横浜に買い物に行っても欲しいもの乗りたい路線やりたい事も無いですし・・・


電車の中で呑む雪見酒の美味さといったら(ry
で、正月休み最終日の本日、車内でチビチビやりながら上越線で北に向かいます。沼田あたりまでは雪なんて全然無かったのに、後閑を過ぎたあたりで急に雪だらけ。
水上到着。小学校〜中学校の時は毎年水上にスキーに連れてってもらってましたが、その時と比べても雪が多いです。これよりも多かったのは・・・多分大雪で上越線が止まった時以来。
今日の水上駅
ガラガラの長岡行きの車内で待っていると、1本後の上越線が水上に到着し、乗り換え客で車内の座席はほぼ満員になります。それにしてもスキーとかスノーボードを持っている人が多いです。酔っ払いなヲタは自分だけwwハズカシー

水上を発車。走っている電車に乗っていてもモーターの音だけでガタンゴトンのジョイント音はいつも聞いてるそれより相当鈍いです。そのまま群馬と新潟を結ぶ新清水トンネルをくぐり、雪だらけの新潟県に入ります。
ここから先に備えて、越後湯沢停車中に駅(くるみ山菜寿司)弁を買ってそのまま北方向へ。峠越えは済んだはずなのに、まだ外は雪が降り積もっています。
くるみ山菜寿司(越後湯沢駅)

つづく

雪の只見線に乗ってきました2010年01月04日 21:53

只見線の列車
前の回の続きです

このままこの列車に乗り続けていても只見線乗り換えの小出に着くのですが、今回は事前調査したところ面白そうだった旅館「龍氣」の日帰り温泉に寄るため六日町で下車。
六日町「龍氣」 ホームページを見ると六日町駅西口からすぐに見えますが、冬は直通する道路が閉鎖。1500円以上のタクシー料金を払い遠回りして行く事になりました。
ここの目玉は死海のように濃い塩水でプカプカ浮かぶ寝湯、傷があるとそこから滲みて痛いのが難点ですが、リラックスするにはもってこいです。夏など、只見線乗車前とかに立寄るといいかもしれません。

小出で13時20分の只見線に乗り換え、峠の向こうの会津若松を目指します。只見線沿いを走る国道は冬期間中閉鎖となるので、冬は魚沼と会津とを結ぶ唯一の交通機関になります(逆にそのために国鉄民営化時に廃線対象から免れたという説も・・・)。
只見線と並行する国道252号線は冬期通行止
2両編成の列車はだいたい全ボックス席が埋まる程度の乗客が乗ってます。
小出を出ると六十里越に向けて厳しい上り坂をジリジリと上がって行きます。重くて性能の悪い旧型気動車なので、速度はすごく遅いです。除雪が放棄され堆く雪の積もった国道を横目に、雪を巻き上げながら列車は坂を登ります。
車内では「魚沼市観光大使」なる女性が、乗車記念証を配っています。鉄道そのものが観光資源になっていますね。

六十里越を登り切り、福島県側に入った会津川口でで列車交換。駅員が今ではすっかり見られなくなった鉄製の通行票(「タブレット」(確認))を交換しています。
この列車も交換する列車も、1日3本しかない只見線直通列車のうち唯一まともな時間に走る列車ですので、男女・年齢を問わず観光目的と思われる多くの乗客が写真を撮っていました。
会津川口駅での一コマ
ここから先はアルコールが全身に廻ってきたのか、ウトウトと舟を漕ぎながら(これがまた気持ちイイ)気がついたら会津若松のすぐ手前に到着。だいぶ雪は弱まっていました。

乗り換え時間のある会津若松でお土産を買い、18時05分頃に出るたった2両の郡山行きに乗り換え、郡山に向かいます。外は暗くて何も見えませんが、列車が舞い上げる雪、窓外に貼り付く氷粒から、外の気候の厳しさが伺い知れます。
磐越西線の窓の外も荒天

終点の郡山で乗り換え。本当は新幹線で帰る予定でしたが、予定外にタクシー代がかかったため、普通列車に変更。寒いホームで啜ると美味過ぎる立ち食い蕎麦を食べてから東北線の上り列車に乗車して帰京。黒磯に来るまでずっと雪がチラついていました。

七草飯2010年01月07日 23:12

七草飯。

今日で松の内も終わり。世の中仕事始めも終わり、2010年度もいよいよ全開で始まっていきます。

しかしながら当方、年末年始の暴飲暴食が祟り、胃腸が限界に来ております。しかしながら仕事は4日から大変な事のなっており、粥よりも栄養つく物をしっかり食べないとバテてしまいそうです。

そこで休み明けの4日の仕事から帰ってきて思いつきで作ったのが、「七草粥」ならぬ「七草飯」。単純にごはんを炊く時に、春の七草を一緒に炊き込んだだけの簡単な代物です。何となく「七草」って「正月の締め」ってイメージがあり、慣習的な風習でも忘れ難いです。

「七草飯」の作り方は至って簡単。七草を洗って刻んで(写真左上)、ご飯の水量をこころもち少なめにして一緒に宅だけ(写真右上)。多めに炊いておいても、余りは小分けにして冷凍しておけば、慌ただしい朝もしっかりがっつり朝食を食べる事ができます。オカズと合わせて食べる事から、ごはんに味付けはしません(写真下)。

しかしながら、新年の仕事は予想以上にハードで、終電で帰ってきた次の日は家を出るまで寝ている事がほとんど。せっかく作った冷凍七草飯も、冷凍庫の肥やしになってしまっています・・・

一般的に日本人は2つのことを気にしすぎると言われます2010年01月09日 18:30

今日も仕事でした

今年に入ってから、仕事関係でバタバタしています。
残業して、急な打ち合わせがあって、その帰り直帰した次の日は休日出勤して埋め合わせしたり、仕事の交渉相手と何故か明治時代の人車軌道の話で盛り上がったり(マテ
本当は成果に応じた超過勤務手当がくっついてくればいいのですが・・・。成果が伴わないので強く出れないです。

で、帰ってからもテレビもつけずにネット三昧の駄目人間。いろいろ読んでいて目に留まったのがこのコラム。永田公彦というパリ在住の日本人が日経のウエブサイトにアップしているものです。
つらつらと読んでいると、思わずある一節に目が行きました。

一般的に日本人は2つのことを気にしすぎると言われます。1つは、言葉の正確さです。こんな発音では……、文法的に合っているだろうか……です。2つ目は、周りの目です。こんなブロークンな英語だと、周りに恥ずかしい……、周りに迷惑ではないか……です。この正確さと周りへの気遣いは、日本人の美徳です。しかし、周りや文法がどうであれ、自分の考えを主張しなければ損をする個人主義社会では、頭のスイッチを切り替え、この2つのことを気にする必要は全くありません。

自分は他の人とのコミュニケーションや体を動かすスポーツは慨して苦手な方ですが、なんとなくその原因が分かった気がします。
「自分のやり方言い方体の動かし方が『合っている』か?」「自分のやり方言い方体の動かし方が『人から見られて自然』か?」
「本来の目的」よりも、そういう「相対的な視点」に囚われてきた気がします。
本当はこういう風に人のせいにしたくないのですが・・・・35年間この点で自分を責め続けてきたんだから、これくらい責任転嫁してもいいっすよね?


じゃあ課題は分かったとして、どうするか?その視点からの考察がないのは、ただのコドモかマスコミです。
という訳で、これまでの経験でそんなトラップに引っかからなかった事例を思い出してみます。

ケース1:ニューヨーク旅行
自分は数年前の夏休みにアメリカ・ニューヨークに旅行に行った事があったのですが、不思議とコミュニケーションで難儀した記憶はありません。話が通じなければ通じないで済む観光旅行だったのと、電話でのやりとりが無かった(電話での英会話はさすがに無理w)ので、筆談やらボディランゲージやらとにかく「コミュニケーションを取る」成果を得るのに精いっぱい(むしろそのプロセスも楽しんでいた)でした。なるほと「旅の恥は掻き捨て」とはよく言ったものです。

ケース2:水泳関連
デブは体脂肪率が高いから水に浮くから小さい頃から運動音痴でしたが、何故か水泳関連だけは苦手意識を持つ事なくここまで来れました。逆にいまクロールとか平泳ぎとかの泳法を勉強しようとしても、自己流との整合が取れなくて考えれば考えるほど頭がこんがらがってきます。頭ではなくて体が別の言葉で覚えてしまっているというのでしょうか・・・まぁこれで一生困る事はないしこれでもいいかと思ってます。

うまく行ったレアケースを解析してみると(そういう解析自体が良くないという指摘は的確過ぎるので却下)、「途中はいちいち細かく考えない」のが良い結果を招くような気がします。35年かかってついた癖を矯正するのは楽ではありませんが、頑張り過ぎないようにやってきたいと思います。


昨晩の反省はこんなところです(謎過ぎ・・・)