新原ビーチと沖縄バスの旅2011年08月01日 20:23

沖縄バスの宝物1064号車を貸し切った日の晩、友人と沖縄で呑んで、慌ただしい沖縄行きの最終日を迎えます。
日曜日は、同じく沖縄に残る「730車」こと東陽バス906号の定期運行日ですので、これに乗車するべく英語表記が多く残る元米軍スクールバスを転用したバス(写真上)で浦添市に向かいますが・・・・
入ってきたのは小さいバス。そのまま予定どおり与那原町に向かい東陽バスの車庫に経ちよったら「故障のため午前の運行は無し」とのこと。修理は終わったようで(写真下)午後の運用に就くとのことでしたが、飛行機の時間が合わずに乗車は断念しました。
故障は運賃箱との事で機関は問題なし、いやむしろ絶好調との嬉しいお話を戴きました。勇ましくいい音を出すアイドリング音を聞いていても、「良く残してくれた」との思いがひとしおです。
琉球バス交通米軍車と東陽バス906号

与那原からは沖縄バスの39番で百名にある新原ビーチへ向かいます。来たのは座席にベイブリッジのイラストがある、横浜市の中古車でした。急坂を苦しそうに登って新原ビーチへ。

新原ビーチは、沖縄東海岸の海水浴場で、泳ぐというよりもバナナボートが有名です。地元の人が多く、のんびりしたところです。坂の上のバス折返し場がいい雰囲気ですね。
折角防水のXactiを持ってきたので、膝まで海に入り、カメラを水中に漬けて撮影。潜って撮ってるような綺麗なエメラルド色ですねぇ。
新原ビーチ
バスを待っていると・・・・来ないはずの奴が来ました。

普段は予備車で営業運転に就かない1064号車でしたが、今日はたまたま運用入り。本当についています。

那覇に戻ってくるともう昼過ぎ、飛行機の時間まであまりありません。
最後に、観光地沖縄を強くイメージさせる琉球バスの観光バスのような路線車(だいぶ姿が減りました・・・)に少しだけのり、牧志の市場でソーキそばを戴いてから帰路につきます。
沖縄っぽいもので締め(琉球バス交通のトップドア車とソーキそば)
今回は旅程の変更とかいろいろあり、慌ただしい沖縄行きとなりました。
ここ最近は毎年行っているようですが、いいところですので、お金をためて、また行きたいです。

185系「フルフル」を導入2011年08月03日 04:30

日曜日、工作中の京葉線201系のタネ車を求めて、秋葉原の中古模型屋のジャンク品コーナーを物色してきました。
見当たらなかったので帰ろうとしたところ、185系の「フルフル」がジャンク品コーナーに転がっていました。実車は1990年代、JRがスキーシーズンに運行していた夜行列車「シュプール号」用に、雪やスキーの楽しげなイラストが多数描かれた楽しい車両です。涼しげな外観は、節電な今の世の中にも向いているような気がします。(ちょっと待った)
かねがね「(新車では買わないけど)安ければ欲しいな〜」と思っていたのですが、出費が続いて財政的につらい。しかしながらさすがはジャンク品、6両で5000円と昼食を弁当にするその他切り詰めれば手が届きそうな気がしましたので、お買い上げ。早速貸しレイアウトで試走してきました。

185系「フルフル」の試運転
古い時期に製品化されたNゲージ模型ですが、調子は悪くありません。1両「水色の変なの」がくっついていますが、これはフルフルは営業運転時にはグリーン車無しの6両編成で使用されていましたが、この模型を製品化したマイクロエースでは、何故かグリーン車に動力ユニットを入れる仕様で発売。営業運転の6両で走らせられないという頭の痛い仕様となっていました。
まぁマイクロエースの185系自体はかなり古い時代(1980年代前半、一旦マイクロエースがNゲージ鉄道模型業界から撤退する以前の製品)の製品ですし、1両だけ連結のサロに動力を入れる、というのは製品展開上合理的(他の車両だとモーターの有り無しで2種類の製品を用意しないといけない)ではあります。
もともと古い時代のNゲージ模型で、動力も車内全体を覆うような骨董品、との話もありましたので、編成を組む上で全く必要のない動力入りのグリーン車は購入しませんでした。当然貸しレイアウトでの試運転は他から動力車を拝借する必要がありますので、「水色の変なの」が助っ人を務めた訳です。

古い時代の模型ですので造形等に時代を感じさせるところはあるのですが、楽しい外見は傷つけたくないので車体はそのままで遊ぶことにします。破損していたパンタグラフとか車輪の転がりが最悪な一部台車等を交換する等、動力を入れるのに合わせて軽い整備を行います。

185系「フルフル」を整備しました2011年08月04日 00:33

衝動買いした「185系フルフル(マイクロエース)」。とりあえずはちゃんと走ることは確認しましたが、動力ユニットが無い事その他いくつか不満な点を整備してあげます。

まず台車。マイクロエースのDT32自体が、台車枠の外側に成形の都合で出来た梁があり実車よりもごつく見える(北海道のような両抱きブレーキを装備しているようにすら見える)特徴があるのに加え、付随車(クハ・サハ:ディスクブレーキ使用でモハよりも微妙にスマートな形状)の台車もモハの台車をそのまま流用(しかも、集電装置の関係で「転がり」も最悪)と、いろいろ気になる点があります。
そこで、以前ジャンク品を買い集めて塗り直して整備したものの全然稼働していない、185系(トミー)の台車を拝借し、クハ185で元の台車から換装しました。(写真上)。シルエットで特徴が出ており、なかなかいい雰囲気です。
次に動力ユニット(写真下)。参考にしたサイトでは、固定と位置決めのために車内にプラ板を接着した後、KATO185系の動力ユニットを固定しています。今回はやはり同じ編成を組んでいて休車にしているKATO185系の動力ユニットをそのまま転用・・・・意外なことに、高さは無加工でジャストフィットしました。これは両面テープで車体と動力ユニットを固定。
185系「フルフル」の整備

その後に、ナンバーを付け替え。元の数字はエナメル薄め液で剥離し、GM201系用ナンバーインレタから数字を拾ってきます。今回はサロは塗り替えていなかった、T201+T202編成をもとにナンバー付け替え。

あとはパンタグラフを手持ちのPS16(KATO:初期型)に換装したりして、簡単に仕上がりました。
185系「フルフル」
すごく楽しい電車です。

新宿西口つるかめ食堂でサッポロラガーを引っかける2011年08月05日 22:47

都内に出張した帰り道、イイ時間なので軽く呑んでから帰ろうと思い、新宿西口「思い出横丁」にある「つるかめ食堂」に寄ってきました。
学生時代から、このあたりの気軽に入れる定食屋にはよく通っており、十数年前の懐かしい思い出が蘇ってきます。もっというと、私の父親が都内勤務時に良く立寄った界隈であります。いまでは田舎住まいですが、一度この横丁に連れ出したいともおもっております。
新宿西口 つるかめ食堂

お店に入ると、カウンターとかの雰囲気が全く異なります。以前は厨房を囲うようにカウンターがあった記憶があります。
で、昔からかわらぬおかみさんに、お目当ての「サッポロラガー」を注文。知る人ぞ知る、日本最古のブランドのビールを頼めるのも、このお店の良いところです。

このお店に惹かれたのは、メニューがユニークなこと。「ソイ丼(豆カレー丼)」「元気丼(牛スジとマリネサラダ)」「バカでアホでフラメンチン(牛肉のニンニク風味フライ)」と、メニュー見てるだけで楽しくなってきます。今日はこれで晩酌するのでゴハンものは無しですが、昼来た時に御飯頼んでみたいと思います。
バカでアホで・・・・


日本のバス年代記(鈴木文彦)2011年08月07日 12:39

日本のバス年代記(鈴木文彦)

某ブックオフに古本を売り捌きに行った待ち時間、ヒマツブシに本棚を見ていると、本書が出てきました。1999年発行ですから「20世紀の日本のバス車両」についてまとめられた本です(ちなみに21世紀に入ってからのバス製造業はOEM・共同生産・撤退・集約→結果として2社集約と非常に香ばしい波乱万丈の歴史を送っています)。一瞬迷いましたが即買い(写真左上)。ブックオフの売り上げは全額回収されましたw

で、本書の前半1/4くらいは、昔ながらのボンネットバスで占められています。レトロなアイコンとして、以降の引退したバスよりも残存車・稼働車が多いと思われるボンネットバスですが、現役時代の写真も多く占められています・・・・(写真右上)「信じられないだろ?(京王線の)聖蹟桜ヶ丘行きなんだぜ、それ」。多摩地区の写真とはとても思えません。

で、自分のバス趣味は昭和50年前後の車両に興味を持っているのですが、その直前の昭和40年代が迷車・珍車の勢ぞろい(写真下)。路線バスの近代化(冷房化・低床化・効率化)が模索されていた時期で、写真のような前2軸の超大型路線バスとか、車体中央にエンジンがある車両とか、さらには2階建てバスのノウハウを生かして車体中央部がノンステップになったバスとか・・・・「見てはいけないものを見てしまった」。見てるだけで眩暈がしてきます。