オフシーズンの沖縄行お土産企画-わった〜走るバス博物館20162016年12月03日 13:40


初めて沖縄に行った2000年、当時は車齢23年を超える1978年製造の「730車」が、老朽化が進む中まだ多数が残っていました。
バス車両ファン的にはもう失神するくらい嬉しいのですが、経営サイドからするといくら中古車を入れても追いつかない車両の老朽化は、バス事業が苦しくなりつつある中、相当悩ましい問題だったと思われます。
あれから16年。730車を置き換えるために、沖縄のバス会社が新車を買えていた最後の1992〜93年の車が、そろそろ車齢23年を越えようとしています。
もともとグレードの高い装備と、丁寧な板金・メンテナンスで、あまりくたびれた感はしませんが、改めて見ると「歴史は繰り返す」感がヒシヒシとします。
写真は、那覇バスの「沖縄22き408」の、2000年当時と現在(2016年)の姿です。

というわけで、こちらが本編(と言っては言い過ぎかも)というか、沖縄行ってバスの尻だけ追っかけているだけでも満足なバス党が送る、怒涛のお土産企画。
今年も南の島の博物館に、逝ってきます。

バス車両の更新問題ですが、ここ数年は自治体も支援してノンステップの新車への置き換えが勧められており、毎年数十台単位の新車が続々と入っています。
写真は今年入った新車、最新型の日野ブルーリボンです。車内は普通の路線バスで、エンジンも小さい4気筒(排気量で比べれば、ヘタなアメリカンV8乗用車の方が大きい)ですが、これで名護から空港までの長距離幹線もこなします。

その一方で、当時新車で入った車両も老朽化が進行し、取り替えが進行しています。
写真は琉球バスの長距離用車。車体は少々くたびれているものの、色付きの引き違い窓、車内からもわかる背もたれの高い立派な椅子、他とは異なる青とオレンジの塗り分け、観光バスと見紛うような豪華な装備で、長距離幹線を何時間かけても乗っていられそうな豪華な車両です。
去年のバスグラフィックと見比べても、このあたりの車両はぶ減ってしまいました。

こちらは東陽バスの自社発注車。こちらは普通の路線バスのような外見ですが、窓も引き違いになっており、やはりこちらも長距離乗っても疲れなさそうなグレードの高さを感じさせます。

経営が厳しい中、大量に入った730車の置き換えをバス会社各社は進める必要があり、 1993年を境に、新車の導入が各社とも止まってしまい、中古車の導入が進むようになりました。広島電鉄が「走る電車博物館」と呼ばれていましたが、こちらも「走るバス博物館」と呼んでいいくらいです。
写真は沖縄バスの自家用バス出身の中古車。路線バスそのものの外見ですが、那覇への高速道路路線に使用されています。

こちらの琉球バスも自家用バスの中古。路線バスそのものの外見ですが、発進時のエンジンの音に違和感を感じて、すぐに凝視して見ると、室内の椅子が背の高いものを使っていたり、エンジンも強力なV8エンジンを使っていたりと、よくよく見れば自家用バスの出自が分かるようです。
沖縄では自家用バスの中古も、路線バスに多く転用されていました。

こちら東陽バスの自家用中古。
珍しいのは、国際通り(牧志)でもなく国道58号(久茂地)でもなく、モノレール沿いの裏道を進む路線。久茂地川沿いのこの道路をモノレールと並走するのは東陽バスだけです。

こちらは東陽バスの新旧中古車。
写真上は横浜市営バス上がりの中古車で、1988年製の車両。もう製造から30年が経とうとしています。写真では分かりませんが、導入にあたり、中扉を埋めて窓周りも違和感無いように仕上げた痕跡が残る珍車です。
写真下は新塗装の日野ブルーリボンシティ。車いすの乗車があり、中扉は埋められなくなりましたが、フルスモークの側面窓が謎の高級感(ここまで黒いとバスなのにヤンチャ感?)があります。

米軍スクールバス下がり
「琉球バスKK」のレタリングに、反転した昔ながらの塗り分けが特徴の、米軍スクールバス中古。当時の琉球バスが米軍スクールバス事業から撤退する際に路線バスに転用されたものです。
車内は各所に英語表記が残っていたり、椅子もアメリカ人の体格に合わせて作ってあったりと、各所にスクールバスの特徴が見られます。
これらの車両は、90番知花線で多く見られました。

那覇市は人口約40万人が狭い土地に集まって(人口密度8,000人/m2)暮らす大都市。交通のバスへの依存も高いです。市内線バスも、大量の旅客をスピーディに捌くため、郊外線とは異なり前払いの中降りで使用されています。
こちらも今となっては中古車が主流。都市部で使用された降車口の広い車両が、当時の仕様を活用して運用されており「走る大都市バス博物館」の様相です。
どれも同じいすゞキュービックですが、3者とも出自が異なり、写真上から、名古屋市の3扉車、国際興業の中扉4枚折戸車、京浜急行の所謂「スーパーワイドドア」車です。
特にスーパーワイドドアを活用しているのは、もう那覇ぐらいでは無いかと思われます。

琉球バス交通の前後扉中古車。どれも同じ日野ブルーリボンに見えますが、各々出自が異なります。前乗り前折には、前後扉の方が合っていそうです。
写真上が東武バス、真ん中の2枚が京阪バス、バンパーが交換されていたり色が塗り変えられたりしています。
写真下が大阪市営バスの中古。
同じようなバスでも、ちょっとした違いを見出すだけで、大変楽しいものです。

大体は網羅したつもりで満たされた感のある那覇のバスですが、やっぱり行けば行っただけ発見があります。
バスのためだけでも良い(と言ったら家族に怒らせそうですが)ので、やっぱりもう1度沖縄に行きたいです。

ちょうど開業1周年、新潟BRTを試し乗りして、いろいろ考えました2016年09月08日 23:59


新潟では、ちょうど1年前の2015年9月より、市内の公共交通を改善し中心市街地再生等のため、「萬代橋ライン」と呼ばれるBRTシステムを導入されました。
これは、市内に直通する重複するバス路線を、幹線(BRT)と支線とに整理し、浮いたドライバー・車両を支線バスサービス向上等に再配分するものです。

設備の新設改良が比較的小規模である(連接バスの新造、バス乗り換え設備・停留所の改良、部分的な道路改良等)にも関わらず(寧ろ「だから」?)、導入に当たっては地元やバス趣味界で賛否両論が交わされました。

より良い街の交通興味があり、かねてからから一度乗ってみたいと思っていた新潟BRTですが、今回新潟出張の機械がありましたので、仕事後に早速試してみました。

万代シティのBRT乗り場と発着するBRTの車両です。一般バスとBRTとでは乗り場は分かれています。
新潟BRTは当初8台の連節バスを使用する予定でしたが、コスト縮減のため連節バスは4台に半減され(快速便に専用している)、不足分は一般バスを使用しています。

連節バス車内はこのような感じ。連節バス運行区間は全区間210円均一運賃ですが、他のバスと統一したためか、後乗り前降りとなっております。
車内ではFREE-WiFiも使えるほか、幹線バス(BRT)と支線バスとの乗り継ぎのための、バス乗換案内も常に車内モニタに表示されており、情報の提供にかなりの力が割かれています。

早起きして、朝の通勤時間帯に乗ってみます。
朝7時10分、BRTの終点青山バスターミナル。支線系統はこの停留所に集まり、ここで新潟市役所・古町方面に行く幹線と乗り継ぎが出来ます。
一方、新潟駅方面へは近くの青山駅からJR越後線が出ており、方面別に使い分けがされるようになっています。

もし諸外国のように新潟都市圏のJR線が都市内輸送を全く担わない存在であれば、もっとバスシステムは大掛かりなものになったでしょうし、それを受け止める道路ももっと大掛かりなものが要求されたように思います。
(写真上)青山バス停にあるバス時刻表。連節バスは快速便に使用されております。また、この時刻表はテレビモニタであり、乗り継ぎの支線バスや終点で乗り継ぐ新幹線便も表示できるようになっています。
(写真下)青山バスターミナルから発着するバス便の一覧。市役所方面の便がBRTにより集約されたことにより、支線便の本数増が図られています。

バスターミナルでは交差点の角を活用した形状で、歩道が丸ごと屋根付きのバス乗り場になっており、後ろのホームに到着した支線から前のホームで待っている始発便に乗り継げるようになっています。
15分ほど観察していましたが、実際支線バスからBRTに乗り継ぐ利用客も多く見られました。
バスシステムを、従来の直行バス中心から、幹線ー支線の乗り換えシステムに転換するとき、乗り換え客は降りたり乗ったり調べたり負担を強いる懸念がありますが、そのような負担感を減らす工夫がされているように見られました。

青山から新潟市内方面に向かうバス通りは、バス専用レーンと中央線変移とが整備されております。
専用レーンは部分的なものでBRTとしても在来バスとしても、もっと欲しいところです。今回使用した便は通勤ピークより早い時間の便でしたので、途中の渋滞は無かったですが、ラッシュの最ピーク時にどれだけ定時性が確保されている、そこまでは分かりません。

バスは30分ほどで新潟駅に到着。
電車なら15分ですが、途中で市役所などの官庁街、古町や本町などの信濃川沿いの繁華街を経由しており、目的地毎に電車とバスの住み分けができているように見えます。
実際、乗客の半分は古町で降りて行きました。

そんな新潟のBRT。出来たものを使ってみた個人的にはインフラの大改良に依らず、既存システムをうまく改良しパッケージした、土木界でよく言われる「賢く使う」好事例のように思えます。
果たして、より住みやすい街造りに資するインフラを手に入れるためには、一気にシステムを入れ替えるのがいいのか、それとも新潟BRTのように少しずつ逐次改良するのが良いのか、費やせる資源も限られている中、インパクトの大きさを含め、どうバランスを取ればいいのでしょうか。

また、世界でBRTのサービス指標とされている「BRT Standard」からは程遠いこのシステムを、敢えて「バス」と名乗らず「BRT」と名乗ったあたり(全国でそういう事例がありそうです)、工学的な範疇を超えてどう名付けて広めていけば効果をより大きく出来るか、商学的・哲学的な視点からの考察も必要ではないか?
深く考え込んでしまいました。

生まれてはじめてのmidnight☆arrow2016年04月20日 07:04

自分が小学生だった頃でしょうか。
1980年台半ばに、深夜タクシーに代わる、終電後の交通機関である、ミッドナイトアローなる深夜バスが出たのは。

あれから数十年。とうとう深夜急行バスをやむなくつかえるシチュエーションに恵まれました。
そろそろ終電かな?と思っていた矢先に、追加の仕事依頼。でも明日から出張。
八方ふさがりの状態のなか「深夜急行バス使えば今日中に納まるし帰れる」事を思い出し、なんとか時間ギリギリまで残業。
十分に下地を作って、乗り込みます。
昔は観光バス上がりの車両を使っていましたが、今は交通バリアフリー法の関係から、路線バスタイプの車両を使用。椅子は一応ハイバックの座席でしたが、シートピッチは普通の路線バスと変わりません。
火曜日でもあり、見たところ半分程度の乗車率でしょうか。

それでも、目的地までずっと爆睡していたみたいで、乗り過ごすことなく無事帰宅。
乗る動機が動機だけに進んで乗りたいとは思いませんが、やっぱり帰れるっていいなと思いました。

茨城県民の日記念〜20年前の茨城のバス2015年11月13日 07:22

祝!茨城県民の日。
土日でも祝日でもないのに学校が休みなので、すごく嬉しかったです。

そんな茨城県民の日を記念して、20年ほど昔の茨城のバスの写真を紹介します。(いずれも1994年秋撮影)
まずは水戸市内で撮った茨城交通。ベージュ地に青帯赤帯の塗装は現行と変わらず、前面の窓周りも古臭くは見えない富士重5E車体ですが、後ろのエンジン周りのルーバーの開き方を見てびっくり。
素晴らしい音を奏でるいすゞのK-CJMではありませんか。
このモダンな車体があの音を立てて走ると想像するだけでも嬉しくなってきます。

一方の県南の雄、関東鉄道。
上の茨城交通とほぼ同じ時期に作られた都営バス「グリーンシャトル」のちゅうこです。
三菱ふそうの中型用リベットレス車体がそのまま大きくなったタイプで、新潟や京都など特定の事業者のみが導入した車体です。
エンジンは多くのルーバー設置が求められる旧型ですが、それでも最新の排気ガス規制に対応したものをつんでいます。
角形ライトに引き違い窓、都市新バス用のハイグレードなデザインが特徴です。

沖縄旅行2015-4 バス好きの血はやはり大騒ぎ2015年07月16日 07:20

いままでの沖縄行きでは、移動のほとんどをバスやモノレールに頼っていましたが、今回は、レンタカーをずっと借りてました。そんな訳で、今までの旅行と違いほとんどバスを使わない旅程を組となりました(乗ったのは那覇市内の1回だけ)。
しかしいざ現地で現物を見ると、やはりバス好きの血は大騒ぎ。妻から「エンジン音がする度にバスの方振り返ってるね」と言われてしまいました。。。

まずは、今の沖縄のバス事情を象徴する1枚から。
もう20年落ちの米軍スクールバス転用車ですが、フルカラーLEDの行先表示に換装され、いまなお沖縄一の幹線である那覇〜名護線で活躍しています。

15年前に訪れて衝撃を受けた那覇バスターミナルは、2018年の再開発オープンを目指して、工事中で閉鎖されていました。

琉球バス塗装の青とオレンジが逆転した、米軍スクールバス転用車も健在。
1990年代に当時の琉球バスが米軍スクールバス事業から撤退すまで継続して新車が入っていたこと、スクールバスのため路線バスに比べて走行距離が短かったこと、アメリカ人の体格にあわせて大柄の座席を持っていることから、古い車でもいまなお多く残っています。

本州の中古車。車両の仕様から判断すると、関西地区の中古でしょうか。
「ナナサンマル」で入れた車両の入れ替え、沖縄県内バス事業者の経営悪化に伴い、1990年代から多くの中古バスが使われ始めました。沖縄の車両板金修理力は高いものがあり、古い車でもタイヤ周りにサビが見られないのみならず、フルカラーLEDを装備していたりします。

これも本州の中古車。
2000年代に入り、県内のバス会社の経営が最も悪くなった時期は、塗り替えも適当になっています。写真の車は元の車両(都営バス)の塗装を活かして、上半分だけ塗り替えた車両です。
この車両、古いはずですが、メッキのホイールキャップにLED前照灯と手が入っており、来沖の経緯に反して大事に使われていると思われる車両です。

沖縄のバスは、この20年で利用者が半分以上に減ってしまいました。沖縄きっての幹線バスである20(那覇〜名護)系統も、効率的な代わりに輸送力の小さい中型車が導入されています。

そして2010年代、バスに関する規制緩和があり、新規事業者が路線バス事業に入りやすくなりました。
そのため、観光バス事業者も路線バスの営業を始めるようになりました。この車両は在来の路線バス会社が運行していない「やんばる急行バス」。那覇から美ら海水族館のある元部半島への直行バスですが、何でしょうこの車両。本州で高速バスとして酷使された車両に、前面のバンパー・ライト周りは別会社(熊本バス)のツギハギを隠さず取り付けている様に仰天。
なんだか、2010年代のバス業界のカオスを見たような気がします。

そんな思いを込めながら、15年前の面影を追いたくて、「ナナサンマル」営業1号車を撮った同じ場所で、市内線バスの写真を1枚。車両は当然「ナナサンマル」から入れ替わり(入れ替えは中古車で行われたため、もしかしたら2世代入れ替わったかもしれません)、15年前は交番前を曲がって運行していた1番系統ですが、いまではこの系統は1日4便になってしまいました。

そんな沖縄の最新バス事情ですが、バスグラフィックの最新刊に全車両の情報やバスマップも含めて詳細に纏まっています。
沖縄美人のおねいさんかわいい(マテ

(つづく)