夏休み家族旅行2017-2 西伊豆ドライブ旅行(2日目)2017年09月03日 09:30

台風15号が北上しつつあり、下田は大荒れの天気。
金曜日に続き、今回の旅行の目的である南伊豆のヒリゾ浜は駄目な予感しかしません。
しかしダメ元で開いて見たヒリゾ浜渡船運行状況を見てみたら、まさかの「運行」!
ホテルで朝食をしっかり摂ってから、車で渡し船の出る中木港に駆けつけました。
船でしか来れないヒゾリ浜。朝の天気は快晴。
この日のために、日除けのテントを新規に調達した甲斐がありました。

ヒリゾ浜への渡し船が出る中木港の駐車場。いつもの土日なら早々に満車になるところですが、この日は台風のせいか朝9時に着いてまさかの空車。
有り難く車を停めさせていただきました。
ちなみに駐車場は9月2日土曜日は12時に満車、3日の日曜日は8時に満車になりました。
しかしながら中木港までは少ないながらもバス便があり、伊豆急下田駅9時発のバスに乗れば、駐車場の心配をせずにヒリゾ浜に来れます。

中木港からヒリゾ浜までは渡し船で移動。
潮風を浴びて5分ほどのクルーズです、

ヒリゾ浜はトイレも売店もない海ですので、中木港がベースになります。乗船券もここで購入。

船で着いたヒリゾ浜。もう悶えるくらい海が綺麗でした。2日朝の透明度20m、テンションダダ漏れです。

泳いで海からみたヒリゾ浜。海が暖かいこともあり、この日は海水浴の身なりでも十分快適に遊べます。勿論ウェットスーツと錘完備でガチで遊ぶ人も多くいました。

海の中はこんな感じ。
いろんな魚が多く見られ、さながら魚の楽園に混ぜてもらったかのようでした。
午後早い時間までシュノーケリングで遊んでいました、想像以上に綺麗で、大満足でした。

夏休み家族旅行2017-1 西伊豆ドライブ旅行(1日目)2017年09月02日 02:32

9月突入。
世の中の動きとはズレた時期ですが、恒例の夏休み旅行を決行しました。
今年は引っ越しとか親族の事とかでモノイリであったため、旅行は車で近場の西伊豆に向かいます。
本当は伊豆半島南端でとにかく海が綺麗なヒリゾ浜向かいたかったのですが、あいにく台風15号の影響か波が出ていて渡し船が欠航とのこと。
そのためどうするか検討して、西伊豆町の浮島海岸に向かいました。
ここは堂ヶ島の近くで、映画「真夏の方程式」のロケも行われた海岸です。
平日に加え、伊豆半島でもでも隠れた穴場という事で、シュノーケリングにきた家族が数家族と大変空いていました。

堂ヶ島と同じく、火山灰の地層を波が削って作った海岸で、自然に出来たトンネルの中も泳いでいけます。
何より、ここは海が綺麗で透明な事。関東地方の隣とは思えないくら透き通っています。

シュノーケリングで数メートル下の海の底まで潜っても、この透明度。
汚れきった心を洗い流すのには最高です。

海で遊んだ後の休憩に、ノンアルコールで乾杯♪いつものアングルですが、やっぱりこの一杯が堪りません。

朝から昼まで海水浴を満喫し、昼食は漁港直営の沖あがり食堂でイカ丼を頂きました。
この新鮮さで720円と格安です。

お腹も満たされたので腹ごなし。古くからの港町の松崎に向かいます。
ここは建物の外壁を瓦と漆喰で固めた「なまこ壁」が有名です。
火災にも盗難にも強いこの重厚な壁、作るのに相当な費用と手間がかかる模様で、商家が栄えていた港町ならではです。

松崎の船溜り。陸地まで船溜りが食い込んでおり、昔は伊豆半島は陸路ではなく船が主な交通機関だったことを思い起こさせます。

オフシーズンの沖縄行お土産企画-わった〜走るバス博物館20162016年12月03日 13:40


初めて沖縄に行った2000年、当時は車齢23年を超える1978年製造の「730車」が、老朽化が進む中まだ多数が残っていました。
バス車両ファン的にはもう失神するくらい嬉しいのですが、経営サイドからするといくら中古車を入れても追いつかない車両の老朽化は、バス事業が苦しくなりつつある中、相当悩ましい問題だったと思われます。
あれから16年。730車を置き換えるために、沖縄のバス会社が新車を買えていた最後の1992〜93年の車が、そろそろ車齢23年を越えようとしています。
もともとグレードの高い装備と、丁寧な板金・メンテナンスで、あまりくたびれた感はしませんが、改めて見ると「歴史は繰り返す」感がヒシヒシとします。
写真は、那覇バスの「沖縄22き408」の、2000年当時と現在(2016年)の姿です。

というわけで、こちらが本編(と言っては言い過ぎかも)というか、沖縄行ってバスの尻だけ追っかけているだけでも満足なバス党が送る、怒涛のお土産企画。
今年も南の島の博物館に、逝ってきます。

バス車両の更新問題ですが、ここ数年は自治体も支援してノンステップの新車への置き換えが勧められており、毎年数十台単位の新車が続々と入っています。
写真は今年入った新車、最新型の日野ブルーリボンです。車内は普通の路線バスで、エンジンも小さい4気筒(排気量で比べれば、ヘタなアメリカンV8乗用車の方が大きい)ですが、これで名護から空港までの長距離幹線もこなします。

その一方で、当時新車で入った車両も老朽化が進行し、取り替えが進行しています。
写真は琉球バスの長距離用車。車体は少々くたびれているものの、色付きの引き違い窓、車内からもわかる背もたれの高い立派な椅子、他とは異なる青とオレンジの塗り分け、観光バスと見紛うような豪華な装備で、長距離幹線を何時間かけても乗っていられそうな豪華な車両です。
去年のバスグラフィックと見比べても、このあたりの車両はぶ減ってしまいました。

こちらは東陽バスの自社発注車。こちらは普通の路線バスのような外見ですが、窓も引き違いになっており、やはりこちらも長距離乗っても疲れなさそうなグレードの高さを感じさせます。

経営が厳しい中、大量に入った730車の置き換えをバス会社各社は進める必要があり、 1993年を境に、新車の導入が各社とも止まってしまい、中古車の導入が進むようになりました。広島電鉄が「走る電車博物館」と呼ばれていましたが、こちらも「走るバス博物館」と呼んでいいくらいです。
写真は沖縄バスの自家用バス出身の中古車。路線バスそのものの外見ですが、那覇への高速道路路線に使用されています。

こちらの琉球バスも自家用バスの中古。路線バスそのものの外見ですが、発進時のエンジンの音に違和感を感じて、すぐに凝視して見ると、室内の椅子が背の高いものを使っていたり、エンジンも強力なV8エンジンを使っていたりと、よくよく見れば自家用バスの出自が分かるようです。
沖縄では自家用バスの中古も、路線バスに多く転用されていました。

こちら東陽バスの自家用中古。
珍しいのは、国際通り(牧志)でもなく国道58号(久茂地)でもなく、モノレール沿いの裏道を進む路線。久茂地川沿いのこの道路をモノレールと並走するのは東陽バスだけです。

こちらは東陽バスの新旧中古車。
写真上は横浜市営バス上がりの中古車で、1988年製の車両。もう製造から30年が経とうとしています。写真では分かりませんが、導入にあたり、中扉を埋めて窓周りも違和感無いように仕上げた痕跡が残る珍車です。
写真下は新塗装の日野ブルーリボンシティ。車いすの乗車があり、中扉は埋められなくなりましたが、フルスモークの側面窓が謎の高級感(ここまで黒いとバスなのにヤンチャ感?)があります。

米軍スクールバス下がり
「琉球バスKK」のレタリングに、反転した昔ながらの塗り分けが特徴の、米軍スクールバス中古。当時の琉球バスが米軍スクールバス事業から撤退する際に路線バスに転用されたものです。
車内は各所に英語表記が残っていたり、椅子もアメリカ人の体格に合わせて作ってあったりと、各所にスクールバスの特徴が見られます。
これらの車両は、90番知花線で多く見られました。

那覇市は人口約40万人が狭い土地に集まって(人口密度8,000人/m2)暮らす大都市。交通のバスへの依存も高いです。市内線バスも、大量の旅客をスピーディに捌くため、郊外線とは異なり前払いの中降りで使用されています。
こちらも今となっては中古車が主流。都市部で使用された降車口の広い車両が、当時の仕様を活用して運用されており「走る大都市バス博物館」の様相です。
どれも同じいすゞキュービックですが、3者とも出自が異なり、写真上から、名古屋市の3扉車、国際興業の中扉4枚折戸車、京浜急行の所謂「スーパーワイドドア」車です。
特にスーパーワイドドアを活用しているのは、もう那覇ぐらいでは無いかと思われます。

琉球バス交通の前後扉中古車。どれも同じ日野ブルーリボンに見えますが、各々出自が異なります。前乗り前折には、前後扉の方が合っていそうです。
写真上が東武バス、真ん中の2枚が京阪バス、バンパーが交換されていたり色が塗り変えられたりしています。
写真下が大阪市営バスの中古。
同じようなバスでも、ちょっとした違いを見出すだけで、大変楽しいものです。

大体は網羅したつもりで満たされた感のある那覇のバスですが、やっぱり行けば行っただけ発見があります。
バスのためだけでも良い(と言ったら家族に怒らせそうですが)ので、やっぱりもう1度沖縄に行きたいです。

オフシーズンの沖縄行07-食べ物いろいろ、そして帰京へ(11/28PM)2016年12月02日 23:59

さて、オフシーズンの沖縄旅行もそろそろ終わりです。
観光っぽさの少ない沖縄ならではの雰囲気で食事したいと思い、牧志市場の中にあるステージ付きの居酒屋「昭和村」に狙って入ってみたら、大当たり。
沖縄の家の庭先にゴザを敷いて宴会、といった楽しい居酒屋でした。しかも店には店長のコレクションのアメリカ世(1972年の返還前)のホーロー看板やら自動販売機やらのコレクションが多く飾ってあります。
特にビックリしたのが、写真右の「琉球政府」と書かれたコンクリート棒。これは道路など公有地の境界を示すために建てられたものですが、こんなところにも沖縄の歴史の重みを感じます。
今は会えなくなってしまいましたが、沖縄を愛してよく通っていた友人と、この店で泡盛を酌み交わしたいものです。

昼は昼で沖縄らしい定食をいただきました。
こちらは街の定食屋「海洋食堂」。ご飯に対して圧倒的なおかずの量がもう素晴らしい。
自分は中身(モツ)の炒め、妻は豆腐炒めを注文しましたが、暑いところでも食が進むさっぱりとした味で、どんどん食べれます。
野菜も盛りだくさんで、栄養バランスもグッド。

さらにこちらは「いなみね」の巨大かき氷。カードと比べるとその大きさが分かろうものです。
甘いものが好きな家族は可愛い可愛い言いながらこれをまるっと食べてしまいました。
一口いただきましたが、練乳の甘さが濃厚で、甘いのが好きな人にはたまらない逸品ですね。

そんなこんなで季節外れの沖縄旅行もそろそろ帰り。
今回は天気にはあまり恵まれず、まだまだ行きたいところやりたい事はあるのですが、いつまでも居るわけにもいかず、後ろ髪を引かれる思いでモノレールに乗ります。

最後の最後も一部では有名な、空港内の「空港食堂」で悪あがき。
セルフサービスですが、空港内にありながら市中の値段でいただけるのが嬉しいです。

帰りの飛行機に乗り、夜空の中で最後の乾杯。今回の旅行の記憶を反芻します。
次沖縄に遊びに行く時は何しようか。どこ行こうか。お土産は島野菜がいいよねー。
機内でも家族会議のネタは尽きません。

慌ただしい中でも、思いがけない事がいっぱいあった沖縄旅行。
是非是非頑張って、また沖縄に行きたいです。

【オフシーズンの沖縄行(2016.11.25-28)まとめ】
・オフシーズンの沖縄行07-食べ物いろいろ、そして帰京へ(11/28PM)

オフシーズンの沖縄行06-那覇の市場魂(11/28PM)2016年12月01日 21:50

朝出かけてから、宿に帰ってもう一風呂浴びてから昼前にチェックアウト。
家族で国際通りをプラプラ散歩します。
「奇跡の1マイル」と呼ばれた那覇随一の繁華街である国際通りも、三越や山形屋などデパート他那覇市民が生活に使う店がどんどん撤退し、代わりに観光客向けの土産物店ばかりになっています。
派手な看板の裏にみえる建物本体は古めかしい造りのものも多く、他の市街地ならいわゆる「シャッター通り」と化しているところ、沖縄県の観光産業の強さや国際通り自体の知名度や土産物店が新しいテナントとして入っているようにも見えます。
よく「国際通りは同じ店ばかりでつまらない」と言われますが、市民の生活行動自体が昔から変わり店の役割も変わった以上、仕方がないことかもしれません。

そんな国際通りから一歩入り、古びた屋根付きのアーケード街にある牧志の公設市場へ。かなり古めかしい建物ですが、これでも昭和40年代後半の築です。
市場内には魚屋や肉屋がひしめいており、本土では見ることのない極彩色のグルクンやイラブチャーがひしめいていたり、皮を剥かれたフグがいたりして、見ていて楽しいです。
昼過ぎのいい時間ですので、牧志市場特有の「持ち上げ(1階で買った魚を2階の食堂に持ち込んで調理してもらう)」でお昼をいただいてもいいのですが、お腹はあまり空いていない上に少し割高な気もします。
理由を自分なりに考えると、魚に値札が付いておらず、値段を聞くと想像していたのよりも高い値段で、欲しいままに積み上げると居酒屋と同じくらいかかるし、予算を決めて買うと逆にしょぼくなり、体感コスパが悪くなるような気がします。


まだ時間がありますので、牧志市場からさらに南に行きます。
古びた鉄骨造りのアーケードが連なり、観光客や土産物店もあまり無いですが、アーケード下の店は多くが営業中。
このあたり、牧志から壺屋の一体は、戦後の米軍占領時代からの闇市時代からの市場街で、長屋風の建物も闇市の環境改善の時代に建て変えられたものも多く見られます。
こういう商店街もすっかり少なくなりましたが、ここは今なお現役。
若い家族連れはあまり見ませんでしたが、いまのところ少し気だるいながらも生活の息吹きが感じられます。
これまで6〜7回渡沖していて、こういう活きてる商店街は初めて見ました。
お土産で、商店街の中で一番賑わっていた八百屋で、島野菜を大量に購入。

牧志市場のあるアーケードに戻り、ビルを見て見ると、最初は1棟の大きなアパートだと思っていた建物は、ギリギリまで近づいた2棟続き。
建物間は渡り廊下で結ばれており、間から必要最小限の換気と採光ができるようになっています。
昔の公営住宅で面積あたり建物面積を稼ぐため、このような煙突構造になっている事例を見たことはありますが、それでもここまでは建物間が密集してはおらず、独特です。

歩き疲れたのでその中の一軒にある、朝6時からやっている飲み屋で昼酒。
すでに出来上がっている隣の男性と話をしていると、彼は沖縄に移住する予定の話をしていました。
移住、いいなと思います。沖縄に引っ越してからも楽しく暮らして欲しいと思います。