ドタバタソウル紀行 '19-02 8/16PM-12年振りのソウル2019年08月17日 22:38

ジンエアー202便は、成田での出発待ちで20分ほどかかった他は、2時間ほどのフライトでソウルまで飛びます。機内ではブログを書いていました。
チョコパンとヨーグルトからなる簡単な機内食も出ます。
13時18分仁川国際空港着陸。
仁川空港は大きな空港で、入国審査を経て空港で荷物をピックアップするまで1時間かかりました。

空港内のコンビニでLINEフレンズのイラスト付きのTマネーカードを購入。イラスト(?)付きで4000ウォン。チャージは現金のみですので、ソウルで公共交通機関に乗る場合は、レートは悪いものの日本で若干額を両替する必要があります。

14時26分発の空港鉄道各駅停車に乗車。当初の計画では14時8分発の直通列車に乗ろうとしていたのですが、時間がかかってしまい断念。
椅子は硬いものの、ソウルまでの1時間を座って移動できたので良しとします。
しかし、韓国の鉄道は全駅にホームドアが設置されてしまい、車両の撮影が駅では全くできません。かといって乗った電車ごとに降りて駅間で撮影するのは困難。フリー素材か何かの写真が欲しいところです。

2007年に友人とソウルを訪れてから12年ぶりのソウルに到着。

午後4時を回りましたが、機内食は残したため、まだ昼食を食べていません。まずは昼食。
空港鉄道から地下鉄に乗り継ぎ、ホテルにチェックインして旅装を解き、午後4時半近くになってようやく昼食です。
入った店は日本でもおなじみの「明洞餃子」。
カルググス(うどん)とマンドゥ(蒸し餃子)でようやく人心地が着きます。
二人で2万8000ウォン(2800円)。思いのほか物価が高いです。

そのまま、明洞の繁華街に向かいます。
それにしても、ここは日本かと思うくらい日本人が多く日本語が飛び交っています。

夕暮れ近い時間まで家族の買い物につきあい、頃合いをみてNソウルタワーへ。
Nソウルタワーがある南山公園へはバスで移動。普通のバスがどんどん山道を登っていきます。

漢江を挟んでソウルの夜景を堪能します。
写真では小さくなってしまいましたが、今日はちょうど満月でした。

夜のNソウルタワーです。
ライトアップされています。
Nソウルタワーは、待ち時間が思いのほかかかり、登るのも降りるのも約30分くらい要してしまいました。
そのため、夕食の予定を変更し、夕食はスーパーで買った惣菜をホテルの部屋でいただきました。
1日目ですが、約2万歩歩き、さすがに歩き疲れました。

ドタバタソウル紀行 '19-01 8/16AM-空港に着くまでが旅行2019年08月16日 22:44

今の仕事は、盆休みぐらいしか長期の休みが取れないため、どうしても長期旅行はトップシーズンのお盆休みになってしまいます。
航空運賃は高く鉄道も混んでおり、なかなか切符が取れず旅行に行くのもどうしたものか家族で話をしていました。
そんな時に見つけたのが、タイムセールの「韓国ソウル2泊3日4万円」というツアー。盆休み期間の8月16日出発でこの値段は安いという事で、家族に相談しすぐ予約しました。6月末の事です。
ソウルといえば、ここ最近日韓関係が良くなく旅行中の安全を心配する声も聞かれましたが、もうツアーを予約してしまった以上、心配しても仕方がありません。

出発当日の16日は、武蔵野線・東松戸・成田スカイアクセス線経由で成田空港に向かいます。
東松戸7時47分発の列車は、千葉ニュータウン中央で通勤客を降ろした後は、車内の乗客はほぼ全て空港に向かう大荷物を抱えています。千葉ニュータウン先は田畑の中を通過。車内は成田空港が都心から離れていることを改めて思わせてくれます。
途中、スカイライナーに抜かれ成田エクスプレスにすれ違いを繰り返しているうちに、自宅から2時間かかってで成田空港到着。
チビチビと呑みながらここまで来るだけでも立派な「旅行」ですが、羽田空港の拡張が進む中、成田空港の使い勝手を良くするにはどうすれば良いのでしょうか、悩ましいところです。

成田空港第一ターミナルに着いて、20分ほどかかってチェックインを済ませます。搭乗するジンエアー202便の利用者は大部分が若い女性。やはりソウルは女性客に人気の観光地なのでしょうか。
一昨日は旅立つ人の浮かれた雰囲気を味わうだけでしたが、今日は旅立ちの当事者。心は昂り、気分は完全に「エアポート投稿おじさん」です。

手持ちのクレジットカードで使えるカードラウンジがありましたので、出国審査まで一息。まだ朝の10時ですが、カードラウンジでいただいた無料酒で、この日2度目の乾杯をします。
出国審査は自動出国審査機に変わっており、陽のあまり当たらない薄暗い場所で無愛想な出国係官の前で行列をなす事もなく、あまりに呆気なく出国できました。

出発10分前になり、搭乗機(HL8242)にご対面、1枚写真を取っておきます。
これから2時間半の空路、ソウルへの旅です。

MT55の残像を追って06-さよなら「旧型電車」2018年10月06日 12:30

楽しい時は終わり、帰る時間が来てしまいました。
和歌山から高速バスで東京に戻ります。
今回、奈良線・和歌山線に残る103系電車・105系電車といった「旧型電車」に乗りに行きました。両線に乗る機会は多分しばらくは無いと思われ、両線の「旧型電車」に乗るのもこれが最後となるでしょう。
今週末、ちょうど今回乗ったNS401編成が廃車回送された模様です、事態は日に日に旧型車淘汰の方向に脚を進めており、、まさに「今あるものは今しか乗れない」。
振り返ってみると、やはり準備不足・消化不良の気もありますが、無理して行ってよかったと思います。

最後に、今回の旅行で撮ったMT55の走行音をブログに残して行きたいと思います。

【MT55の残像を追って(奈良線・和歌山線旅行まとめ)(2018.9.22-23)】
MT55の残像を追って01-今週末出発です
MT55の残像を追って02-奈良線103系(1日目)
MT55の残像を追って03-和田岬線103系
MT55の残像を追って04-奈良線103系(2日目
MT55の残像を追って05-和歌山線105系
MT55の残像を追って06-さよなら「旧型電車」

MT55の残像を追って05-和歌山線105系2018年09月30日 18:46

奈良からは、和歌山線直通の電車に乗り換えて和歌山に向かいます。
車両は・・・常磐線103系改造の105系電車です。昭和45年製造の銘板が凛々しいですね。
ここの103系は、奈良線・和歌山線の電化用に、昭和59年に改造されたものです。
改造内容は、短い編成で走れるよう運転台の追加設置や制御装置取り替えなど多岐にわたり、後から冷房も追加設置されております。

奈良から桜井線・和歌山線経由で3時間。天王寺を回れば快速電車でも2時間で着きますところ、だいぶ遠回りな行程となります。
105系は車内はロングシートですが、本来は座面の低いゆったりした座席になりますが、こちらの座席は地下鉄直通時代そのままの直立したもの。これで3時間はちょっと辛いところですが、大部分は立って前を見て過ごしました。

奈良を発車して45分ほどで高田駅に到着。
103系地下鉄乗り入れ車の顔をした車両が入って来ました。
乗って来た電車は、運転台後付けの車両。これで高田から和歌山まで、後2時間の付き合いです。
前面こそ変わり多少鈍足にはなっておりますが、乗り味はまさに103系のそれ。飽きることなく乗りつくしました。

途中近鉄電車や南海電車とも行き違いをしながら、1時間半近く紀ノ川に沿って奈良と和歌山の山中を走り、景色も開けて来た粉河に到着。
再び地下鉄顔の電車と行き違い。こちらは国鉄時代に冷房化された車両でしょうか、AU75クーラーが載っています。

駅のベンチ(JR西日本仕様の線路と直角になったタイプ)も、紀ノ川沿いの林業を意識したものでしょうか、木製です。

午後5時半、終点の和歌山到着。西日本とはいえ今日は秋分の日、やはりだいぶ日が傾いています。
少し前に103系を追った際に聞き慣れた、阪和線電車の接近メロディが懐かしいです。

和歌山で泊まる先輩方2名のチェックインを待ち、そのまま和歌山の居酒屋で「大学の同窓会」を始めました。
カサゴの煮付けが大変美味しかったです。
大学時代にはこういう飲み方をしなかったので、大変感慨深いです。

MT55の残像を追って04-奈良線103系(2日目)2018年09月29日 17:13

明けて9月23日、寝坊しすぎることもなく起きて京都駅に向かいました。
ここからは、同じく大学鉄研の先輩T氏も交えて、大学の同窓会のような楽しい道のりとなりました。
この日の時点で奈良線に残る103系は4両編成が3本いましたが、昨日の時点でNS401編成・NS407編成には乗れました。運用上の都合でNS407編成は今日はお休み(1日車庫で過ごす41運用に入っていた)、NS401編成は写真の通り45運行で終日運行。
残るNS404編成、ここ数日の情報では運用に付いていないとのことでしたが、果たして運用に入っているのか、気を揉んでいたところ。
六地蔵駅ですれ違うはずのない緑色の電車にすれ違いました。
調べてみたら、昨日1日車庫で過ごす41運用で、今日から奈良線を往復する42運用に入っている様子。
・・・・やった!

運用も分かったので、宇治で乗っていた103系を降り、昨日も行った宇治川橋梁に行きました。
奈良線で103系に変わって活躍を始める205系電車。阪和線から転用されたそのままのスカイブルーの帯で奈良線での運用を始めています。

宇治川の鉄橋で待っていると、さっきまで乗って来た103系NS401編成が折り返しの京都行きになって宇治川鉄橋に差し掛かりました。
そして京都で折り返したNS404編成。河川敷に降りて迎えます。

大急ぎで京都に戻り、戻ってくるNS404編成を迎えます。
NS404編成は、昨日のNS407編成とほぼ同じ構成ですが、先頭のクハ103-185・184は製造時クーラーが載っていない1次改良車、生粋の関西っ子です。

そのままNS404編成に乗り、奈良へ。
途中で奈良から戻って来たNS401編成とすれ違います。

おそらく自分の人生で最後になる103系原型車を堪能し、奈良に到着。
今回の旅行ではあまりビデオ類を回しておらず103系の走りを五感の記憶に残すように乗りましたが。
五感を使って走りを体に刻むには淡々と奈良まで走り切りました。
ともあれ・・・・・・言葉になりません。ここまでやったので、悔いはありません。

(この旅行ではMT55の残像を追っていますので、奈良から先も例の彼が出て来ます)