MT55の残像を追って04-奈良線103系(2日目)2018年09月29日 17:13

明けて9月23日、寝坊しすぎることもなく起きて京都駅に向かいました。
ここからは、同じく大学鉄研の先輩T氏も交えて、大学の同窓会のような楽しい道のりとなりました。
この日の時点で奈良線に残る103系は4両編成が3本いましたが、昨日の時点でNS401編成・NS407編成には乗れました。運用上の都合でNS407編成は今日はお休み(1日車庫で過ごす41運用に入っていた)、NS401編成は写真の通り45運行で終日運行。
残るNS404編成、ここ数日の情報では運用に付いていないとのことでしたが、果たして運用に入っているのか、気を揉んでいたところ。
六地蔵駅ですれ違うはずのない緑色の電車にすれ違いました。
調べてみたら、昨日1日車庫で過ごす41運用で、今日から奈良線を往復する42運用に入っている様子。
・・・・やった!

運用も分かったので、宇治で乗っていた103系を降り、昨日も行った宇治川橋梁に行きました。
奈良線で103系に変わって活躍を始める205系電車。阪和線から転用されたそのままのスカイブルーの帯で奈良線での運用を始めています。

宇治川の鉄橋で待っていると、さっきまで乗って来た103系NS401編成が折り返しの京都行きになって宇治川鉄橋に差し掛かりました。
そして京都で折り返したNS404編成。河川敷に降りて迎えます。

大急ぎで京都に戻り、戻ってくるNS404編成を迎えます。
NS404編成は、昨日のNS407編成とほぼ同じ構成ですが、先頭のクハ103-185・184は製造時クーラーが載っていない1次改良車、生粋の関西っ子です。

そのままNS404編成に乗り、奈良へ。
途中で奈良から戻って来たNS401編成とすれ違います。

おそらく自分の人生で最後になる103系原型車を堪能し、奈良に到着。
今回の旅行ではあまりビデオ類を回しておらず103系の走りを五感の記憶に残すように乗りましたが。
五感を使って走りを体に刻むには淡々と奈良まで走り切りました。
ともあれ・・・・・・言葉になりません。ここまでやったので、悔いはありません。

(この旅行ではMT55の残像を追っていますので、奈良から先も例の彼が出て来ます)

MT55の残像を追って03-和田岬線103系2018年09月27日 20:39

「これが最後」と豪語していた割には8ヶ月ぶりの再訪となりましたが、大学鉄研の先輩の名言「今あるものは今しか乗れない」のポリシーに基づいて、1日目の午後は和田岬線を訪問しました。
兵庫駅の構内。
高架駅の柱がレトロチックで大変いい感じです。

京都から神戸までは新快速で53分、神戸から兵庫までは普通列車に乗り換えですが、それでも1時間前後で着いてしまいます。

兵庫からはゆっくり入線してくる和田岬線のスカイブルーの103系を迎え、第1便からの乗客が降りたところで写真を1枚。
6両編成と、通勤電車ではそこそこの長さの編成ですが、これが今の103系の最長の編成です。時の経過とはいえ、随分寂しくなってしまいました。
こちらの103系は、もともと大阪環状線に入ったものが転じて来ました。
塗装はみんな大好き青22号。ですが、阪和線で見かけた時(その1その2)から思っていましたが、東日本の現役時代の青22号と比べると、ちょっと濃いようなねっとりしたような不思議な色合いをしています。

車内は、運行距離が短いこともあって、広告類は全くありません。通勤電車としてはちょっと寂しいような・・・
JR西日本の103系は窓が埋まっていたり大幅なリニューアルがなされていたりと、原型とは変わった外観となっております。

奈良線の103系ではシール化されていた車内の番号表記は、プレート式の原型のものが残っていました。

気動車時代はキハ+キクハで賄えていた和田岬線ですので、2.7kmを5分とゆったりかけて走行。途中で出荷待ちの新しい電車が並ぶ川崎重工の工場も通りかかります。
帰りの和田岬駅。この日は土曜日ですのでわずかな乗客が乗るだけでした。
夕日が逆光となり、こんな鮮やかな写真が撮れました。

この日は和田岬線を1往復するだけで京都にトンボ帰りで戻り、夕食。
K氏が探してくれた居酒屋「赤垣屋」でいただきます。
最初混んでいて空席がなく、一旦諦めて店を出たところ、店員さんが走って追いかけて来て空席が出来た旨を知らせてくれました。

夜の8時半を回るところでしたが、カンパーイ♪
大学時代からの四半世紀の募る話と京のおばんさいを肴に、いつまでも尽きぬ話で盛り上がりました。

明日もあるので、酔い潰れないうちに投宿。
二人とも今日1日はしゃぎ過ぎたのか、すぐに寝入ってしまいました。

MT55の残像を追って02-奈良線103系(1日目)2018年09月24日 09:30

今なお103系の残る奈良線に行ってきました。

奈良線に行くためには、まず京都に出なければなりません。
今回の旅行では、あまり切符のことをよく考えておらず、また職場でのトラブルや寝坊して予定の新幹線に乗れなくなることも想定し、行き・帰り・宿泊ともにバラバラにで購入。
行きは普通乗車券・普通特急券を購入し、自由席がまだ混まないであろう早朝の便を狙いました。
かくして乗ったのは、
今となっては希少な存在となった、700系のぞみです。
今回乗ったのはJR西日本所属車で、内装が異なるだけではなく台車も500系新幹線と互換性のあるものを使用しております。

車内で朝食を摂り、居眠りをしつつ2時間強で京都に到着。
そこから、今回の旅行で一緒になる大学先輩のK氏と合流し、まずは103系に乗り奈良まで往復し、独特の乗り味を堪能した後、伏見稲荷のある稲荷駅へ向かいました。
伏見稲荷はインバウンドの観光客で大にぎわいでしたが、今回の旅行ではスルーし、稲荷駅近くの撮影地に向かいます。
この日A48運行で運用されていたNS407編成が来ました。
この時点で奈良線に残っていた103系は3編成のみでしたが、いずれも中間車は東海道線普通電車用に製造された延命N40工事施工車で統一されているのに対し、先頭車は三者三様、NS407編成のクハ103-215・216は新製冷房車であり、当初は山手線に配属された車両です。
奇しくも新造当時と同じ黄緑色に塗られ、最後の活躍をしています。

もう1本、宇治川の鉄橋を渡るNS407編成です。

この日はNS401編成も稼働しており、こちらはの先頭車1970年製のクハ103ー167・168。原型ライトのケースをそのままにシールドビーム改造した姿が特徴です。
まだら模様の写真で大変恐縮ですが、クハ103-168側からの写真。
クハ103-168は、側面の扉窓が金属押さえになっており、201系とか205系のようなちょっとモダンな様子になっているのが分かります(自分この姿が大好きです)。
しかもこの金属押さえの窓、裏側にも化粧板が貼られており、103系の無機質な様子とは異なって見えました。

運転台の様子。
ATS-Pに列車無線、様々な装置が後付けされており、使い込まれている様子がわかります。
(3本残るうちの3本目には会えるのか!?続く)

MT55の残像を追って01-今週末出発です2018年09月19日 21:44

最近は仕事に比較的余裕があり、早い時間に帰宅できているものの、夜になると疲れてしまって全く何もせずに早い時間に寝る、極めて非文化的な毎日が続いております。
物事に対する関心の低さなども相まり、心身の不調の傾向が出ているのかもしれません。
しかし、そんな自分を奮い立たせるべきイベントが今週末に控えています。
家族の理解と協力もあり、「MT55の残像を追って」とでも題したくなる、奈良・和歌山方面の小旅行に行けることになりました。
テーマは絶滅一歩前、原型103系最後の砦の奈良線の最後を見送りに行きます。
元来、「葬式」はあまりやりたくない口なのですが、大の103系ファンであり、奈良における103系名物列車の「42A+51A」朝の通勤快速列車にわざわざ乗りに行ったこともあり今回の引退劇に絡む資格はあるものと自認しております。

また、こちらもとうとう後継車が発表になった和歌山線105系です。
103系原型よりも長く生き残ることになった「地下鉄顔」の105系電車ですが、こちらも今回乗るのが最後となりそうです。

出発は今週末、彼らに悔いなくいとまごいを告げに行くため、心身の調整に努めなければなりません。

北東北に進路を取れ'18-10_また来る日まで2018年08月25日 11:32

青森では「ねぶた祭りの終わりと同時に秋が来る」と言われておりますが、この日は朝から爽やかな秋のような気候でした。
夢のように楽しかった5日間の北東北旅行も今日で終わり、楽しい夏の日が暮れつつあ流ようで、寂しい気持ちを感じています。
最後、名残惜しみに青森市内を観光して廻りました。
青森といえば昔青森と函館とを連絡していた青函連絡船。今もその中の一隻「八甲田丸」が岸壁に係留されております。
連絡船はご存知の通り船の中に貨車を積める船で、青森駅には貨車積み込み用の連絡橋が残されていました。
橋の半分は塗装されて綺麗になっています。
貨車の積み込みもさることながら、青森駅と連絡船の連絡デッキも残されておりました。
昔の連絡船時代、青森駅先端の跨線橋から連絡船目指して小急ぎで渡る乗客も多かった時代が偲ばれます。

そんな青森駅も連絡船の運航が終了してから30年、あたりはすっかり再開発が進んでおります。
青森港を横断するベイブリッジの下に、ねぶたの家ワ・ラッセとA-FACTORYの建物がおり、駅前だけでちょっとした観光気分を味わうことができます。
A-FACTORYは建物内でシードル(リンゴの醸造酒)を作っており、試飲もできるようになっております。
飲みやすいものから強かなものまで、シードルといっても色々な種類があるのを体験しました。

そのあと、見送りに来ていただいたK氏夫妻と合流し、大西の札幌ラーメンをご馳走になりました。
本当に今回の旅行後半の青森では、K氏夫妻に何から何までお世話になりました。

そうしているうちに列車の発車時間に。青森から新青森までは特急つがるで移動。
接続時間が20分近くあったので、乗り換え連絡通路ではなく一旦改札外の売店に出た方が良かったかもしれません。

連絡通路でウロウロしているうちに東京に戻る新幹線の発車時刻に。
4時間近くで自宅に戻って来てしたが、戻って来たらあれだけ酷い暑さだったのが収まり、青森の秋風も一緒に連れて来てしまった様です。