血の繋がり・手先の繋がり2017年06月26日 19:00

自分は小学校に上がる前に実母を亡くし、高校を出るまでの12年間、父方の親戚に親子でお世話になっていました。
実母の記憶はあまりないのですが、今回の件で写真を捜すため親戚宅をいろいろ捜索していた際、実母が作った工作品が出てきました。
出てきたのは<strike>マイクロエースの</strike>木箱。「手織 佐賀錦」と書いてあります。

40年経ってすっかり古びた箱を開け、中身を見てみると。。。
手作りのペンダントやイヤリングやネックレスやブローチが入っていました。

実母の記憶が無い中、なぜか「ブローチ」という言葉は憶えていました。なんかアクセサリーみたいなものらしいけど、男物ではないのであまり深入りして調べる事もないまま年を食ってしまいました。
それがこれ。実際に形になっていたのです。

手先を使った工作好きのDNAを、親子でしっかり引き継いでいたことを思い起こさせられました。
なんというか、やっぱり「血」だな、これは。

即売会とスワップミート2017年05月01日 22:39

ツイ廃と化しているので、毎朝の通勤にはツイッターをやる携帯が、毎晩の帰宅には缶チューハイが欠かせません(まさに廃人)。

そんなアンニュイなメーデーの出勤途上、ケータイをプチプチしていると、先日の鉄道模型市で、出店しているお店同士で「美味しい」商品の売買が為され、出店していない一般参加者が割りを食う話が流れてきました。
この手のスワップミート(交換会)というか即売会にお店を出した記憶はないものの、大学鉄研から今に至るまで、公衆の面前で鉄道模型を扱う際には、「内輪での盛り上がり」からは極力距離を置き、見に来ていただけるお客様を第一に考えて都度振舞っていた自覚はあります。
そんな流れで携帯に流れる話を読んでいると、やはり昔の「スワップミート」の流れで、内輪で盛り上がりたいのなら、相応の名付け(スワップミートを名乗る)とかした方がいいと思います。
逆に言えば、スワップミートを名乗らないのなら、出店しているお店はお店らしく振舞うのが、鉄道模型業界全体の質をより良くするのではないかと思うところです。

そういや、今工作中の奴、まさにちょうど10年前の鉄道模型市で仕入れてきたのを思い出して、過ぎ去りし日々を悔いつつ酒を呷ってます。

杉田俊介「非モテの品格」を読んで色々考えました2016年12月31日 13:35

見えない周縁の「感情」

2016年は、イギリスのEU離脱国民投票や、アメリカのトランプ大統領の当選といった、世の中にとって大きな出来事がありました。
それは目立つ都市に対してその周縁の田舎が見えなくなっていたこと、見えないだけなのにも関わらずその感情や動きが、「存在しないもの」とみんな見なして忘れていた故の「失敗」でもありました。

日本でいうと、よくその苦境が話題になる層に対し、その周縁で「差別し抑圧してきた」と断じられる男性・健常者といったマジョリティ層の「生きづらさ」は今まであまり議論にもなりませんでした。
しかし、その苦悩は「見えない」だけで「存在しない」ものなのでしょうか。
その疑問が積もり、日本において「男の生きづらさ」が多く話題になり多くの著書に綴られた年でもありました。

「感情」の時代の品格ある振る舞い

そんな中、とりわけ「非モテ」とも呼ばれる「人との縁が築きにくい」ことで苦しみさらに周縁の周縁に追いやられる人々が、どんな姿勢で生きていればいいのか、杉田俊介「非モテの品格」を読みながら、しばらく考え込んでいました。
自分も、著者の杉田俊介同様に、結婚してなおこの問題に囚われている「非モテ3」の当事者であり、今なおこの問題をぐるぐると考え込んでいます。

同著については、何度も読み返し、同著が問題にする男性の自己嫌悪からくる「生きにくさ」、その問題自らが抱える「伝えにくさ語りにくさ」は深く共感し分かったつもりですが、その感想を自分の言葉で全くまとめられない。逆にタダでさえこじれて困難な「男の生きにくさ」をコンガらがせる文章にしかならない。
正直、付箋はいっぱい貼ったのに言葉にならない、左脳に染み込まない、大変もどかしい読書体験になりました。

考え込んだ結果、同著の感想を考えながらネットで目にして深く引き込まれた、「『非モテの品格』を実践する上で、重要なネット記事」を紹介します。

子どもの貧困 「昔のほうが大変だった」への対処法(Yahoo!個人 湯浅誠) 「でも、修学旅行いけないのもとても大変なんです」「でも、大学に行けないと生涯賃金はこんなに違ってしまうんです」と、穏やかにだが反論したくなる気持ちが生まれると思う。
しかし「でも~」で始めてしまうと、今度は相手が否定された気持ちを抱くことになる。
今の子どもたちの貧困を認めることが、何か自分の幼少期の苦労を置き去りにすることになるような、そんな感覚を万が一にも持たれてしまっては、関心を寄せ、耳を傾けてもらうことは難しくなる。
否定し合う関係に入ってしまうと、目線を合わせて同じ方向を向くことは難しくなる。「否定された感」から反発が生まれることさえあるかもしれない。
(中略)
重要なのは、この力をもつ人たちが理解してくれないと、子どもの貧困対策の進まない場合があるという事実のほうだ。
コトは「感情」の取り扱いにかかっている。
私たちは相談者に対するとき、感情的なひっかかりを取り除いて初めてこちらのメッセージが入っていくという事実があるのを知っている。
(中略)
「昔のほうが大変だった」という言い方を受け入れると、今の子どもたちの大変さを否定することになるという受け止めは、論理的には正しいかもしれないが、感情的には正しくない。
よくよく読んで見ると、感情のやりとりを進めるため、立場の弱い若者・子供にも「反論したくなる気持ち」を抑えることを要求する、「弱者に厳しい」踏み込んだ指摘であり、強く共感すると共に、「よく踏み込んだな」と思いました。

しかし、大事なことはまさにここ。
男性も結局は「感情の生き物」であり、どんな環境にいようとも自分の感情を尊重し、それと同じように他人の感情を尊重すること。感情の尊重を意識して、可能な範囲意識したことを実践すること。
難しいかもしれないが、常にこのことを意識して振る舞うことが、全ての男性が「非モテの品格」を実践し、より健やかに生きやすい人生に繋がるように感じました。

ちょうど開業1周年、新潟BRTを試し乗りして、いろいろ考えました2016年09月08日 23:59


新潟では、ちょうど1年前の2015年9月より、市内の公共交通を改善し中心市街地再生等のため、「萬代橋ライン」と呼ばれるBRTシステムを導入されました。
これは、市内に直通する重複するバス路線を、幹線(BRT)と支線とに整理し、浮いたドライバー・車両を支線バスサービス向上等に再配分するものです。

設備の新設改良が比較的小規模である(連接バスの新造、バス乗り換え設備・停留所の改良、部分的な道路改良等)にも関わらず(寧ろ「だから」?)、導入に当たっては地元やバス趣味界で賛否両論が交わされました。

より良い街の交通興味があり、かねてからから一度乗ってみたいと思っていた新潟BRTですが、今回新潟出張の機械がありましたので、仕事後に早速試してみました。

万代シティのBRT乗り場と発着するBRTの車両です。一般バスとBRTとでは乗り場は分かれています。
新潟BRTは当初8台の連節バスを使用する予定でしたが、コスト縮減のため連節バスは4台に半減され(快速便に専用している)、不足分は一般バスを使用しています。

連節バス車内はこのような感じ。連節バス運行区間は全区間210円均一運賃ですが、他のバスと統一したためか、後乗り前降りとなっております。
車内ではFREE-WiFiも使えるほか、幹線バス(BRT)と支線バスとの乗り継ぎのための、バス乗換案内も常に車内モニタに表示されており、情報の提供にかなりの力が割かれています。

早起きして、朝の通勤時間帯に乗ってみます。
朝7時10分、BRTの終点青山バスターミナル。支線系統はこの停留所に集まり、ここで新潟市役所・古町方面に行く幹線と乗り継ぎが出来ます。
一方、新潟駅方面へは近くの青山駅からJR越後線が出ており、方面別に使い分けがされるようになっています。

もし諸外国のように新潟都市圏のJR線が都市内輸送を全く担わない存在であれば、もっとバスシステムは大掛かりなものになったでしょうし、それを受け止める道路ももっと大掛かりなものが要求されたように思います。
(写真上)青山バス停にあるバス時刻表。連節バスは快速便に使用されております。また、この時刻表はテレビモニタであり、乗り継ぎの支線バスや終点で乗り継ぐ新幹線便も表示できるようになっています。
(写真下)青山バスターミナルから発着するバス便の一覧。市役所方面の便がBRTにより集約されたことにより、支線便の本数増が図られています。

バスターミナルでは交差点の角を活用した形状で、歩道が丸ごと屋根付きのバス乗り場になっており、後ろのホームに到着した支線から前のホームで待っている始発便に乗り継げるようになっています。
15分ほど観察していましたが、実際支線バスからBRTに乗り継ぐ利用客も多く見られました。
バスシステムを、従来の直行バス中心から、幹線ー支線の乗り換えシステムに転換するとき、乗り換え客は降りたり乗ったり調べたり負担を強いる懸念がありますが、そのような負担感を減らす工夫がされているように見られました。

青山から新潟市内方面に向かうバス通りは、バス専用レーンと中央線変移とが整備されております。
専用レーンは部分的なものでBRTとしても在来バスとしても、もっと欲しいところです。今回使用した便は通勤ピークより早い時間の便でしたので、途中の渋滞は無かったですが、ラッシュの最ピーク時にどれだけ定時性が確保されている、そこまでは分かりません。

バスは30分ほどで新潟駅に到着。
電車なら15分ですが、途中で市役所などの官庁街、古町や本町などの信濃川沿いの繁華街を経由しており、目的地毎に電車とバスの住み分けができているように見えます。
実際、乗客の半分は古町で降りて行きました。

そんな新潟のBRT。出来たものを使ってみた個人的にはインフラの大改良に依らず、既存システムをうまく改良しパッケージした、土木界でよく言われる「賢く使う」好事例のように思えます。
果たして、より住みやすい街造りに資するインフラを手に入れるためには、一気にシステムを入れ替えるのがいいのか、それとも新潟BRTのように少しずつ逐次改良するのが良いのか、費やせる資源も限られている中、インパクトの大きさを含め、どうバランスを取ればいいのでしょうか。

また、世界でBRTのサービス指標とされている「BRT Standard」からは程遠いこのシステムを、敢えて「バス」と名乗らず「BRT」と名乗ったあたり(全国でそういう事例がありそうです)、工学的な範疇を超えてどう名付けて広めていけば効果をより大きく出来るか、商学的・哲学的な視点からの考察も必要ではないか?
深く考え込んでしまいました。

鉄道雑誌発売日2016年07月28日 07:34

毎月20日頃は鉄道雑誌各誌の発売日で、前はウキウキしながら本屋に通ってました。

ツイッターをやっていて気になることがあり、毎月買っていた学生時代以来十数年ぶりにTMS(鉄道模型趣味)を買おうと思ったら、帰りがけに寄った本屋では売り切れか扱い無しか、置いてませんでした。
さらに2軒目もTMS無し。RMModelsは3冊くらい積んであったのに。

ツイッターのタイムラインで「若者のレイアウトコンペ離れ」といった系統の話を見たが、それよりも1桁か2桁か大きいロットで「離れ」の現象が起きているような気がして複雑な感情を抱いてます。

手持ち無沙汰なので、代わりに鉄道ジャーナルを購入。決め手はドイツの鉄道記事2本。
日本国内の鉄道記事も、以前は鉄道趣味だけに捉われず鉄道ひいては交通施策のあり方まで踏み込まれて書かれているところが良く、時々立ち読みしていたのですが。
最近はそれが逆に「鉄道や交通の結論ありき」で書かれている疑惑を解きながら読むのが苦痛で、むしろ避けていました。

我ながらだいぶこじらせたものです。