真夏の栄養源2014年08月01日 23:58

藤店うどん

ウダウダしているうちに7月も終わってしまいました。トシを取れば取るほど時間の経つのが日々早くなっている感じもします。
一年で一番暑い7月下旬、といえば「土用の丑の日」。土用の丑、といえば「鰻」です。ヌルヌルしてて精力に満ち満ちていそうな鰻を、香ばしく蒲焼きにして食べる。里の住民の一番の栄養源です。
自分も「好物」というほど食べる機会は無いのですが、憧れの食べ物です。

しかしながら、ニホンウナギが絶滅危惧種として指定されるなど、変なところで世界から濡れ衣をかぶせられることなく、今後末永く鰻食文化を保っていくには、ちょっと考えながら食べなければいけないように思います。
ですが、私はあまり一連の流れを悲観的には読んでいません。マグロの養殖と同様、ウナギも養殖できる見通しが経ちそうなので、数年間「獣」ではなく「人」としての理性を発揮すれば、この問題は破綻することなく解決できそうに思えます。


以上、長過ぎる前振りでした。
そんな訳で、今年は土用の丑の日前後にうどんを食べました。『「丑の日に『う』の字が附く物を食べると夏負けしない」という風習があった』との説もあるので、鰻でなくても夏負けしないエネルギーを補充できている・・・・はずです。

振替休暇が取れて夫婦の休みがあったある平日朝、埼玉のうどんの名店、藤店うどんに行ってきました。開店直後なので待たずに注文できました。
ここの名物は肉汁うどん。極太で、芯まで火が通っていながら強烈なコシがあるうどんを、それにまけない力強い風味のある肉汁でいただきます。
うまい。そしてボリューム満点。うどんって小麦粉を捏ねただけなのに、どうしてこんなにコシが出るのか、うーんと考え込みたくなるような歯ごたえです。
水締めしたうどんは質・量ともあるので食べ切るのが少ししんどいですが、それを乗り越えて完食したときの満足感、「乗り越えた」という自信が、夏負けしないエネルギーとして血肉になるような気がします。

まだ夏は続きますが・・・がんばって行きましょう。

羽田新線はどこにどうやって?2014年08月02日 23:59

友人の家族に不幸があり、今日は友人仲間と弔問に行きました。
その行きがけで、東海道線に乗って南下。

前から気になっていた、2020年代半ばに完成する予定のJR羽田空港新線ですが、その中でも、かねがね自分が一番気になってことがあります。東海道本線大井貨物線と東海道旅客線とが、新橋〜品川間で制約の多い中、どこでどう合流するのか?
先頭車にかじりついて、いろいろ妄想していました。
いまの東海道貨物支線は、旅客線と交わることなく浜松町で行き止まりになっています。かつては旧汐留駅(いまの日本テレビ本社があるあたり)まで伸びていました。そこに新しく東海道旅客線との接続点を設けるみたいですが・・・
新幹線と高架道路と地上の交差、どうみても分岐を作る余地はなさそうです。

はたしてどのようなパズルを解くのでしょうか。

レインボーブリッジを歩く2014年08月04日 23:59

日曜日は、夫婦で都内に遊びに行きました。
昨日いろいろアップロードしたE231系の前面展望ですが、グラスコクピットでない初期型の方は、だいぶスッキリ見渡せます。この違いは意外とビックリです。

そんなこんなで遊びに行ったのはお台場。夜景を見ながらレインボーブリッジをお散歩します。
吊り橋とお台場側のアプローチで片側2km(芝浦側アプローチはエレベータがあるため歩かなくて済みます)。都内を見渡せるノースルートも、お台場と東京湾全体を見渡せるサウスルートのどちらも、景色が良いので、お弁当を持ってピクニックできるくらい楽しめます。

夕暮れの時間に、お酒持ち込んで・・・・かんぱーい♪

地上50m、海風に吹かれながらゆっくり歩いているうちに日が暮れてきました。
景色はすっかりムーディな夜景。
宮脇俊三の勧める鶴見線のような、都心の近いところにこういう旅情あふれる風景があることに発見です。

古いオハ352014年08月07日 06:18

ある日模型店を見ているとき、オハユニ71への改造で欠車になった青い旧型客車の補充にちょうど良さげな旧型客車を見かけました。トミーの古いオハ35です。
この手の衝動買いはめったにしないのですが、値段が値段だけに(1両800円と、十分安価で売られていた製品を、500円で購入)見た瞬間即買いしました。
屋根も適度にザラザラでディティールも必要十分、40年近く前の製品なりに大満足の出来です。

水戸線蒸気時代の客レ08-オハユニ71の扉部分切り抜き2014年08月09日 08:10

工作中のオハユニ71ですが、前回のブログ記事から2週間経過。。。暑さで工作は全く捗っていません。
週1〜2回おもむろに工作を始めても、イメージ通りに工作ができずグダグダに仕上がって行くのをみて厭になって、途中で終わりにしちゃう、大体こんな感じです。

この2週間では、オハユニ71の荷物室/郵便室扉部分の切り抜き、を行いました。
まずはじめに、前回工作でマーキングした扉部分の隅に孔を明けます。扉の上孔はそのまま扉上端部のRとなるように、下孔は補強の関係で肉厚になっている部分の切断を簡単にするためです。
1.2ミリ径のピンバイスで揉んでみましたが、この時点でかなり寸法に正確さが欠けています。

その後、孔と孔の間をカッターナイフで切断。孔から孔に向けて、金属スケールをあててカッターを滑らせます。しかし、何度もカッターの刃を滑らせても切れず、しだいに力任せに切断するようになってしまいます。
その結果、、、、
切れすぎて、切ってはいけないところ(荷物室扉の上の部分)まで切ってしまいました。
いくら20年以上前のプラキットとはいえ、我ながら雑な工作に呆れてしまいます。

切ってしまったところを接着しパテ埋めして、4カ所ある荷物室/郵便室扉のうち3カ所を開けました。
いちおう切ったところはそれなりにつながったのですが、経年変化もあり歪んで反った側板が、図らずも焼けた車体を手作業で叩き出したような、戦災復旧車のヘロヘロな感じになってしまっています。

荷物室/郵便室扉ですが、あと1カ所の扉明けと切断面の削り仕上げが残っています。
その後、窓の中桟付けがありますので、ハコに組み上がるまで、まだまだ先は長いです。