アニーとクララベルとインターバン10-室内の塗装・下塗り2016年09月03日 21:37

トーマス客車の車内はこんな感じで、内装は更新されたベージュ系です。
自宅の買い置き塗料にベージョの缶スプレーはなく、車内の塗装に準備の手間がかかるエアブラシは使いたくないので、とりあえず手元にあったライトブラウンの缶スプレーで塗装。
この時、小キズや仕上げ漏れの確認のため、室内のみでなく車体も塗れるよう、軽く塗料を吹きまじた。
車体の仕上げ漏れを再度確認し、400番から1000番までの紙やすりで再度水研ぎします。
車内の塗装で下塗りをするのは、定石化しつつあります。

そのあと、考え込んだ結果、やはり車内は近い色に塗りたいと思い、模型屋に行きGMのベージュを購入。トーマス客車は車内をクリーム1号に塗り替え、インターバンも発色を合わせるため車体を同色に塗装しました。
その後、屋根は迷った結果、つや消し黒を塗りました。窓はマスキングせずに塗りましたので、ベージュの中に点々と黒い塗料の痕が残りました。しかしこれ、石炭の燃え殻に見えないこともありません。

ところで、昔のアメリカのインターアーバンって、車内の色は何を塗っていたのでしょうか。
思うにあたり、終戦後進駐軍が国電を接収した時、サハ48の車内をピンクとかグリーンに塗ったくったという話が頭から離れない。
まさかとは思うけど、当時のアメリカ人の色感覚は想像できないから否定もし切れない。ツイッターでつぶやいたところ、ありがたいことにフォロワー氏から関連する話を聞けました。
結局、インターバンの電車の車内は「鮮やかな色」に塗る事に、、緑だと国電のそれと変わらず面白くないので、実車の写真を調べる事なく、独断と偏見でピンクに塗ることにしました。傍目にはありえない色合いです。
しかし、これは差別につながる偏見かもしれませんが、ピンクのキャデラックが普通に売れていた国の色嗜好ですので、ひょっとしたらひょっとする可能性も、否定はできません。

アニーとクララベルとインターバン11-屋上機器の取り付け2016年09月04日 11:59

インターバンの屋上機器を取付&塗装。
手持ちの避雷器(西武の奴ですね)やヒューズをグレーに塗って接着。ランボードも表面のみ同じ色に塗装します。
グレーは、いつも使っているタミヤTS-4ジャーマングレーより1段階暗いグレーにしたく、同じタミヤのTS-48ガンシップグレーのスプレーを使いました。
ただ、それでも、イメージより少し明るいグレーで、艶消しブラックとのコントラストが想像以上に目立ちます。
そんなわけで屋上機器完成。電車らしい賑やかな屋上が強調されています。

引き続き、屋上機器取り付け。客車は以前作った水戸線蒸気時代の客車に倣い、ベンチレーターも含めて艶消し黒(煤で汚れますからねぇ)にしたのですが、塗装後に接着する必要がないことに今気がつきました。
接着剤が若干はみ出してしまうため、再度屋上を黒で塗装し、艶消しクリアーを吹くました。

そんなわけで屋上完成。
これからいよいよ車体の塗装に入ります。

アニーとクララベルとインターバン12-車体の塗装2016年09月05日 05:25

日曜日は昼から夕方にかけて、車体の塗装をしました。

車体は3両ともオレンジに塗装。最初朱色かと思っていましたが、思ったより色が薄く、Fabreの黄かん色を選びました。

しかし、オレンジ系の色はとにかく色のノリが悪く、黒の上に色を落としても全く発色しません。下にクリーム1号を下塗りしてから3回吹いて、ようやく車体がオレンジ色にになりました。

塗りあがった後、デッキに墨入れ。加えてインターバンには腰にナンバー(GM名鉄5500用の時計文字)と幕板にロードネーム(インクジェットで自作)を貼り付け。
番号はインレタに大量に拾える「55」にしました。
インクジェットのロードネームについては、稿を改めて説明します。

そんなわけで、しっかり艶消しクリアーを吹いて、3両とも塗りあがり。
スハ43は片面だけ色が落ちてしまい、塗り直しをしました。

アニーとクララベルとインターバン13-ロードネームは自作デカールで2016年09月06日 08:29

アメリカの電車といえば、幕板のロードネーム。
今回はインクジェットデカールで再現しました。
まず原稿。
ロードネームは「泥酔鉄道」の「Heavy Drunk Railroad」をそのまま採用。
アメリカ的な力強く幅広いwide latinのフォントを使い茶色文字で印刷。
トライ&エラーで印刷するときの縮小率を決めます。

インクジェット対応クリアデカールは、前買っていたK-TRADINGを使用。
感熱プリンタ(アルプスMD5000)対応のデカールはいっぱいあるのですが、インクジェット対応品はあまりありません。
最初に滲み防止スプレーを吹いてから印刷、インクを十分乾かしてから、つや消しクリアを「顔料を載せる」イメージで2回吹きます。
少しインクが溶けたのか、文字が微かに滲んで印刷面に小さな穴が空いた様になりますが、大きな影響はないので工作続行。

デカールを濡らして貼る工程が悩ましく、普通に水に漬けたらすぐインクが滲んで駄目になってしまいます。
そのため、綿棒で裏面の台紙だけ濡らし、スライドして貼りつけるようにしました。
デカール自作やってて思った反省点として、以下があります。
①スライド作業時に印刷面に触れないよう、デカール切り出し時に「持ち代」を見込んで切り出す。貼り付けが終わったら切れるよう専用のハサミを用意した方が良いこと
②スライド作業時に車体を濡らしておいて、スライドしながらデカール表面に水が付かないよう常にティッシュ等で余計な水分を弾くこと


新潟に来ています2016年09月07日 05:31

会社の出張で、新潟に行きました。
当然1日中仕事でしたが、幸いにも午後5時に終わり。
芝生張りの護岸が整備された信濃川沿いを散歩していると、ちょうど鉄橋をゆっくり渡る越後線の電車を発見。
現在車両の取り替えが進む古い115系電車ですが、今ならまだ多く残っているようです。
地方大都市部の通勤路線ということで、堂々長い6両編成、というのが嬉しいです。

そのあと、日が落ちましたが、出張先で話題になった「早川堀」を見学。
北前船の寄港する重要な港町だった新潟、船が物流の主流だった時代に、物を運ぶ小舟が行き交う堀が多く作られていました。
昭和30年代にそれらは埋められてしまいましたが、堀と柳の景観を作る街並み整備の事業が住民参加で進められたものです。
夜でしたが、通りは「柳都」と呼ぶにふさわしい、風が気持ち良く抜ける風情ある通りです。
しかし、この通りの整備に当たり、地元と新潟市とで330回を優に超える議論がなされ、さらには、永続的に良い環境を維持するため、地元住民と管理協定を結び地元が管理を担っています。
この良環境を整備し維持している地元住民の努力に驚きました。

合わせて、通行車両を自動で判別し、許可がある車両の場合は自動でゲートが下がる「ライジングボラード」の設置事例を見てきました。
道路交通の管理を自動で行う有効な道具として、欧州各地で設置されている(ズルして突っ込んだところ、棒が路面から生えてきて車を突き上げる、といったYoutube動画のアレ)設備ですが、日本ではこの新潟が先駆的な事例です。
歩行者規制がかかっている商店街の入り口に設置されており、許可車が接近した場合、自動でゴム製のポールが下がります。

新潟といえばバスが発達しており、昨年度BRTシステムも導入されておりますが、これについては、改めて書きます。


ちょうど開業1周年、新潟BRTを試し乗りして、いろいろ考えました2016年09月08日 23:59


新潟では、ちょうど1年前の2015年9月より、市内の公共交通を改善し中心市街地再生等のため、「萬代橋ライン」と呼ばれるBRTシステムを導入されました。
これは、市内に直通する重複するバス路線を、幹線(BRT)と支線とに整理し、浮いたドライバー・車両を支線バスサービス向上等に再配分するものです。

設備の新設改良が比較的小規模である(連接バスの新造、バス乗り換え設備・停留所の改良、部分的な道路改良等)にも関わらず(寧ろ「だから」?)、導入に当たっては地元やバス趣味界で賛否両論が交わされました。

より良い街の交通興味があり、かねてからから一度乗ってみたいと思っていた新潟BRTですが、今回新潟出張の機械がありましたので、仕事後に早速試してみました。

万代シティのBRT乗り場と発着するBRTの車両です。一般バスとBRTとでは乗り場は分かれています。
新潟BRTは当初8台の連節バスを使用する予定でしたが、コスト縮減のため連節バスは4台に半減され(快速便に専用している)、不足分は一般バスを使用しています。

連節バス車内はこのような感じ。連節バス運行区間は全区間210円均一運賃ですが、他のバスと統一したためか、後乗り前降りとなっております。
車内ではFREE-WiFiも使えるほか、幹線バス(BRT)と支線バスとの乗り継ぎのための、バス乗換案内も常に車内モニタに表示されており、情報の提供にかなりの力が割かれています。

早起きして、朝の通勤時間帯に乗ってみます。
朝7時10分、BRTの終点青山バスターミナル。支線系統はこの停留所に集まり、ここで新潟市役所・古町方面に行く幹線と乗り継ぎが出来ます。
一方、新潟駅方面へは近くの青山駅からJR越後線が出ており、方面別に使い分けがされるようになっています。

もし諸外国のように新潟都市圏のJR線が都市内輸送を全く担わない存在であれば、もっとバスシステムは大掛かりなものになったでしょうし、それを受け止める道路ももっと大掛かりなものが要求されたように思います。
(写真上)青山バス停にあるバス時刻表。連節バスは快速便に使用されております。また、この時刻表はテレビモニタであり、乗り継ぎの支線バスや終点で乗り継ぐ新幹線便も表示できるようになっています。
(写真下)青山バスターミナルから発着するバス便の一覧。市役所方面の便がBRTにより集約されたことにより、支線便の本数増が図られています。

バスターミナルでは交差点の角を活用した形状で、歩道が丸ごと屋根付きのバス乗り場になっており、後ろのホームに到着した支線から前のホームで待っている始発便に乗り継げるようになっています。
15分ほど観察していましたが、実際支線バスからBRTに乗り継ぐ利用客も多く見られました。
バスシステムを、従来の直行バス中心から、幹線ー支線の乗り換えシステムに転換するとき、乗り換え客は降りたり乗ったり調べたり負担を強いる懸念がありますが、そのような負担感を減らす工夫がされているように見られました。

青山から新潟市内方面に向かうバス通りは、バス専用レーンと中央線変移とが整備されております。
専用レーンは部分的なものでBRTとしても在来バスとしても、もっと欲しいところです。今回使用した便は通勤ピークより早い時間の便でしたので、途中の渋滞は無かったですが、ラッシュの最ピーク時にどれだけ定時性が確保されている、そこまでは分かりません。

バスは30分ほどで新潟駅に到着。
電車なら15分ですが、途中で市役所などの官庁街、古町や本町などの信濃川沿いの繁華街を経由しており、目的地毎に電車とバスの住み分けができているように見えます。
実際、乗客の半分は古町で降りて行きました。

そんな新潟のBRT。出来たものを使ってみた個人的にはインフラの大改良に依らず、既存システムをうまく改良しパッケージした、土木界でよく言われる「賢く使う」好事例のように思えます。
果たして、より住みやすい街造りに資するインフラを手に入れるためには、一気にシステムを入れ替えるのがいいのか、それとも新潟BRTのように少しずつ逐次改良するのが良いのか、費やせる資源も限られている中、インパクトの大きさを含め、どうバランスを取ればいいのでしょうか。

また、世界でBRTのサービス指標とされている「BRT Standard」からは程遠いこのシステムを、敢えて「バス」と名乗らず「BRT」と名乗ったあたり(全国でそういう事例がありそうです)、工学的な範疇を超えてどう名付けて広めていけば効果をより大きく出来るか、商学的・哲学的な視点からの考察も必要ではないか?
深く考え込んでしまいました。

アニーとクララベルとインターバン14-床下の塗装とガラス入れ2016年09月09日 23:59

電車の工作の続きです。
床下は艶消しブラックに塗った後、缶スプレーのレッドブラウンやマホガニーを吹いて、泥と錆と埃にまみれた、なんとなく使い込まれた感じを再現します。

ここまで作って、インターバンは車体と動力とを組み合わせ。
動力がちゃんとした位置に納まるよう、車体内側のリブを全面的に削る必要はありましたが、上まわりと下周りが合体。
なんだか完成したような気になってきます。

そのあと、窓セルの接着。
いつも通り、透明のゴム系を使用しました。
はみ出た分は爪楊枝でクルクルすれば取れます。