大山に登山してきました2019年12月01日 12:00

土曜日は、山歩き関係で色々お世話になっているseibu_mania氏を誘って、大山に登山してきました。
大山までは、伊勢原から神奈中バスで30分かけてケーブル下駅まで向かいます。
この日は久々の晴れ天気ということもあり、大山ゆきのバスは大混雑でした。
やはりバスが大混雑だった、去年の筑波山登山を思い出します。

伊勢原からはケーブルカーで大山中腹の阿夫利神社下社へと登っていきます。

阿夫利神社下社から登山開始。
標高678メートルのケーブルカー駅から、標高1252メートルの頂上まで一気に登っていきます。
最初の頃こそ「紅葉が綺麗だな、でも今年の紅葉は遅くね?」などと呑気なことを考えていましたが、ひたすらガレ場な道を登るだけの登山道は、鈍った体にはなかなかキツかったです。(今回の登山では体力が落ちたことを実感しました・・・トホホ)
山頂付近は初雪が積もっているところも見られ、大変「映える」登山になりました。1時間歩くだけでこんなに風景が変わるのは、登山の醍醐味です。

そんなこんなで大山頂上到達。
頂上からは、相模平野と相模湾が一望できます。

下山は、登りルートが混雑していたことと滑落の恐れを考慮し、よりなだらかな見晴台経由のルートで下山。
登り80分、降り90分の登山を無事(?)終えて、ヘロヘロの状態で勢いで新宿になだれ込み、下山祝いと相成りました。

春は奥多摩方面に案内していただけるということで、また行きましょう!

風邪で伏せってましたorz2019年12月08日 18:37

この土日は風邪を引いて家でずっと寝てました。
土日寝ていたおかげで平日の運行には支障を出さない目処がついたものの、貴重な休日、やりたかった模型の工作も、やらねばならない年末の大掃除もフイにしてしまった形になり、大変残念です。

体調が戻ってきた日曜日の夕方、今まで運転会に持ち出してカプラーの破損に気がついた3両を引っ張りだしました。
密連型KATOカプラーの密連部が根元から折れてしまってます。
補修のためジャンク箱を漁ったところ、201系に使用していたこのタイプ(カプラーポケットが無いタイプ)のKATOカプラーの在庫がなかったため、201系2両の補修は断念しました。せめて8両編成が組めるようにカプラーを付け替えて本日の作業は終了・・・

同じようにKATOカプラーの密連部が根元から折れた東武3050系。
こちらはカプラーポケットに装着するタイプで補修パーツがありましたので、カプラーを丸ごと交換します。
こちらは元どおり復元して、めでたしめでたしです。

関西旅行(2019冬)1日目AM(旅のきっかけ&はじめての嵐山)2019年12月13日 19:04

唐突ですが、年明けの繁忙期を前に1日だけ会社を休み、関西旅行に出かけています。
このブログも大阪のホテルでつらつら書き留めています。

きっかけは去年のこと。
仕事で色々お世話になっている職場の同僚が、「この時期にしか休めない」と威風堂々1週間年休を取って海外に出かけてしまいました。
確かに仕事に影響はなくはありませんでしたが、年次休暇は労働者の権利、それよりも裏山死刑です。善は倣えと早速実践しようとしましたが、さすがにそこまで夫婦共度胸がなかったので、1日だけ休みを申請しました。
そんな訳で、神戸ルミナリエの開催時期を狙って関西行です。
なんだかんだ言って毎年行っているような気もしますが。
そんな訳でホリデーに乾杯です♪
安いのぞみ号に乗るため、始発で家を出ざるを得ず、朝食は新幹線の車内でお弁当です。

早起きだったのと朝酒が廻ったのもあり京都までの2時間強の過半は寝て過ごし、電車を乗り換えて嵐山へ。
写真では解りにくいですが、嵐山への編成は、221系+223系の異種併結の6両編成。2両編成の223系に乗りましたが、北近畿地区で使用されているワンマン機器が載っており、車両運用の複雑さを感じました。車両置き換え前の電化当初は、どんな車両が使用されていたのでしょうか。

8駅先の嵯峨嵐山で降車。嵐山散策の始まりです。
10分ほど歩いて清涼寺という大きい寺に到着。
観光客はほぼおらず静まり返った境内には読経が響きます。
写真の通り紅葉はほぼ終盤を迎え、オフピークの平日ともなれば、オーバーツーリズムが問題になっている京都でも、こんなに静かに過ごせるのかと思いました。

そのまま嵐山の寺院がある道を進み、トロッコ嵐山駅近くの竹林の道に到着します。
ここはドラマのロケ等でも多く使われている、竹林の中を切り開いた山道です。
嵐山の天龍寺から登る観光客と入れ違いに、今までダラダラ登ってきた道を降ります。

ここから嵐山の門前町でキャラクターショップ等を冷やかしながら15分ほど歩くと渡月橋に到着。
嵐山の観光名所で、古い構造の橋が桂川に掛かっています。

振り返ると・・・
桂川はここまで保津峡と呼ばれる渓谷を流れており、その終わりで京都盆地に流れ込みます。
背景の山は紅葉の終わりを告げ、空は青く澄み渡り、なんとも穏やかな光景が広がります。

渡月橋から10分近く歩き(結構歩いた)、阪急の嵐山駅に到着。ここから阪急電車で京都に戻ります。
平日の昼間は道路も空いているので、嵐山からは市バスで戻ってもいいかもしれません。
ここからはかつての特急車6300系で嵐山を降ります。阪急電鉄の車両メンテナンスの丁寧さのおかげで古さを感じさせませんが、それでも40年選手。実車の活躍と並んで歳を取ってきた事もあり若すぎるような気もしますが、鉄道車両としてはもはや立派な「古豪」です。

桂で乗り換えて京都四条の繁華街に戻りますが、気になったのが架線柱の設置間隔。
路線は複線なのですが、もう1本線路を敷いて3線で使えそうな広さで設置されています。
都心部は複線、郊外の地上部は3線というと、アメリカの都市鉄道によくありがちな構成です。
阪急京都線自体、昔の京阪(緑の電車)の企業が「新京阪線」と名乗って京都と大阪を結ぶ高規格な鉄道を敷いた路線です。
もしかしたら、この3線分の規格は、今の路線図では想像できない、歴史に埋もれてしまった「大きな計画」があった名残かもしれません。

関西旅行(2019冬)1日目PM(伏見稲荷は103系だ!?)2019年12月14日 05:54

遊んでばかりでしたが、この時点で15000歩以上歩いており、お腹も空いてきたので、いい時間になった事もあり昼食です。
ぐでたま好きの家族が、京都・滋賀の「きんし丼」のイラスト(うな重の上に載っている卵焼きがぐでたまになっている)を見て「あれ食べたい」と前から言っていましたので、京都新京極の「かねよ」に連れて行きました。
お店は昼食時にしては割と空いており、待たずに入れました。早速きんし丼を2個注文して待機。
ほどなくして到着。丼からははみ出んばかりの卵焼きが載っております。早速、卵焼きの端をめくってチラリ。。。
中にはうなぎ様が待機。
早速、卵焼きを割きながらいただきます。卵焼きはプルプルで焦げ目なく焼けており、これだけでも職人の腕を感じます。卵焼きとうなぎのタレがかかったご飯だけでパクリ、うなぎとご飯でパクリ。どんな食感なんだろうと考えながら食べていくうちに食が進みます。
夢のような時間はあっていう間に過ぎ、そういや卵焼きだけでご飯食べた事なかったな〜と思いながら食後のお茶に手を出していました。

そのまま賀茂川を徒歩で渡り・・・
座席がフカフカの京阪電車で伏見稲荷に向かいます。

伏見稲荷は日本の稲荷神社の総本社として、また「千本鳥居」で日本のみならず世界でも有名な神社です。
しかし千本鳥居は観光客でごった返しており、「オフピークの平日ともなれば、オーバーツーリズムが問題にならない」発言も撤回せざるを得ません。
人混みをかき分け、何とか記念写真も撮り、伏見稲荷を脱出。
文字通り世界中から観光客が押し寄せており、早朝ぐらいしか落ち着いてお参りできる時間はないような感じでした。

人混みに圧倒されながら伏見稲荷を脱出。奈良線の稲荷駅へ。
何となく103系に逢えるかな?と淡い期待を抱いてホームに向かうと、事もあろうに反対側のホームに103系電車が来ちゃいました。
日本でもだいぶ貴重な存在になった103系電車、ここまで来て乗らない手はないと思い、折り返してくるのを待って乗車。
ドアが閉まる時の「パシャン」という応荷重装置の作動音、強制通風式の抵抗器のブロワ音、そして何より気怠く唸るMT55モーター。やはり103系電車は最高です。
この咆哮が堪能できるのも、あと何年でしょうか。。。

京都ではお茶休憩をして、荷物を取り出して時間を過ごしているうちに、夕暮れを過ぎました。
大階段もクリスマスツリーが飾られています。

そのまま混雑する新快速で大阪に向かい、ホテルにチェックイン。
一休みしてから夕暮れの繁華街に出て夕食です。
夕食は大阪名物の串カツ屋に入りました。西中島の串カツ勝大です。
混んでいる時間でしたが、ちょうど入れ替わりで入店。まずは今日1日の無事を祝って乾杯です。
串カツと土手焼きを摘まみながら、そのまま1時間はまったり時間を過ごしたでしょうか。
ともあれ関西旅行の1日目は、こんな感じで終わりました。

関西旅行(2019冬)2日目AM(加古川線103系を目指して大回り)2019年12月15日 06:17

関西旅行2日目の開始です。
まずは朝食を食べに、喫茶店のマヅラへ向かいます。
昔ながらの大阪の純喫茶といった感じの店構えで、どっしりと腰を構えてコーヒーとサンドイッチを頂きました。

ここから自由時間をいただき、未乗だったおおさか東線と加古川線に乗りに行きます。
まず北新地駅から放出駅まで出て、おおさか東線の201系電車に乗り換え。
おおさか東線は、かつての城東貨物線を複線化・旅客化した路線で、大部分の設備が複線化に合わせて作り変えられておりますが、かつては単線で歩行者用の歩道があった淀川の鉄橋などは古いものを再用しております。

新大阪駅からは加古川線が出る谷川駅までは、丹波路快速電車で移動。
この時点での時間は10時、谷川駅到着は12時前と思いのほか時間がかかります。
ちょっとした汽車旅になりますので、一杯引っ掛けて居眠りをして終点谷川到着。

谷川で乗り換え。加古川線の終点ですが、本線の福知山線とは線路がつながっておりません。
加古川線の電車は1両編成。ちょんまげのようにパンタグラフを2個掲げている姿がユーモラスです。
乗り換え時間わずか十数分で乗換えましたが、9時の発車から3時間運行間隔が開いての電車です。昼間の本数が少ない時間にはちょうど良い乗り継ぎとなります。

しかしながら初めての加古川線は、ほとんど寝て過ごしました。珍駅名の日本へそ公園も気づ来ませんでした。

途中の西脇市駅で電車を乗り換え。ここからは待望の103系電車です。
待望の103系電車ですが、側面はリニューアル工事、前面は食パン顔の貫通型に改造され(正確には運転台を後付け改造され)、原型をとどめておりません。
それでも走り出せば応荷重装置の音やMT55モーターの音など、しっかり103系していました。
40分ほど103系の走りを堪能し、終点加古川に到着。

中間改札で大回りであることを告げ(谷川までは大阪近郊区間に含まれており、遠回りが有効です)、神戸に戻ります。

ちょっと播但線の103系に足を伸ばすには時間が足りませんが、少し時間が余りましたので、ループバスに乗って、神戸海洋博物館とカワサキワールドへ行きます。
神戸海洋博物館です。入館料600円。
この中に、0系新幹線が展示されております。
0系の団子鼻を拝んでから退館しました。

時間を要した割には50kmも超えないJR線乗車記録ですが、完乗率は0.3%上がって78.86%になりました。