115系中間車の工作14-モハ114・115更新車の屋根のディティーリング2021年09月01日 21:13

モハ114・115更新車の屋上に、クーラーのランボードを接着します。
寸法出しは面倒なので省略、模型のモハ114-1000完成品を見つつクーラーを屋根に仮置きしながら、ランボードの位置決めをしていきます。
位置が決まったら、クーラーで隠れる屋根中央部に接着剤を流して固定します。

モハ114・115更新車の塗り屋根は、ツイッターで教えてもらった「溶きパテを筆塗りして穂先を短く切ったブラシで叩く技法」で再現します。
今回は1000番の溶きパテを使いました。以前よりも塗り屋根のゴツゴツが繊細に表現されたような気がします。

はつかり号の面影を追って1-青春18きっぷで北上2021年09月03日 23:40

青森在住の友人K氏から「リバイバル特急スーパーはつかり」に乗 ら な い か?とお誘いを受けました。それが1週間前。
急な話だしお金もかかる話なのでちょっと逡巡しましたが、K氏もキャンセル待ちで切符を入手したとのこと、せっかくのありがたい話なので受けることにしました。

リバイバル特急スーパーはつかりとは、9月4日に、かつて盛岡止まりだった新幹線と連絡して盛岡〜青森で運行されていた特急「スーパーはつかり」を再現したもの。今年は盛岡〜青森の鉄道開業からちょうど130年ということで、その記念列車として運行されるものです。

運行されるのは9月4日土曜日ですが、金曜午後は仕事が空いていたため、時間休を取って、久々に青春18きっぷを使って鈍行列車の旅と洒落込むことにしました。
その方がコストも抑えられますし、換気の良い密な環境から解放されますので、一石二鳥です。


そんな訳で宇都宮17時13分。ここから「旅」が始まります。
ここ宇都宮から30分電車に乗った矢板までは、10年前に通勤で使っていたルートで、当時は211系電車が運用されていました。今の車両は当時から代替わりして、京葉線や埼京線で使われていた205系電車になっていますが、ちょうど今これらの車両を置き換えるべく新車の調乳が進められています。
昔懐かしい山手線の音を奏でつつ、通い慣れた道を走り、矢板を過ぎてトンネルをくぐって箒川を渡ると那須塩原市。その中心黒磯で乗り換え。

黒磯からは常磐線・水戸線でお馴染みのE531系電車。昔は黒磯駅で電車を走らせる電気を切り替えていたのですが、切替設備の老朽化に伴い、地上での電気切替から車両での電気切り替えに変更されたことに伴い投入された車両です。
以前は異なる電気で走る機関車がひしめいていた黒磯駅構内もすっかり寂しくなり、構内にはペンペン草が生い茂っていました。
天気が悪いことから夕焼けなどといった美しい光景を繰り広げることなく、寂しい黒磯駅構内も陽が落ちて少しずつ暗くなっていきます。

東北地方を鈍行列車で移動する際、幹線の列車の大部分は通勤輸送に向いたロングシートですが、ここでは貴重な向かい合わせのクロスシート車。車内も空いているので、足を投げ出して寛ぎます。
新白河で乗り継いだ福島行きは、ロングシートの701系電車。乗り鉄諸兄には何かと評判の悪いこの通勤電車ですが、車内が空いているせいもあり、壁際の席に座ればそこそこ快適な旅が楽しめます。
ロングシートの車内ではアル中と間違われそうですが、日もトップリ暮れた中でお酒が欲しいと思い、我慢せずに車内で一献します。

終点の福島駅でコンビニに立ち寄り燃料を補給。福島県も蔓延防止が出ているところ時間は夜の9時近いということもあり、駅前は灯が落ちたように静まり返っていました。
ここから山形方面に行く奥羽本線の最終鈍行列車に乗ります。
疎らな乗客しかいない車内はクロスシートで落ち着いて過ごせます。ここで夕食(宇都宮駅で買って来た駅弁)を食べました。
JRきっての急勾配区間である板谷峠、身軽な装備の電車であっても、流石に速度を落として峠をエッチラオッチラ超えていきました。

そのまま終電乗り継ぎで山形到着、駅前のホテルにチェックインしました。

はつかり号の面影を追って2-東北特急の名残り2021年09月04日 23:59

明けて9月4日。山形は雨の朝でした。

ここから新庄までは、昨日米沢から乗ったワンマン電車にそのまま乗車。この電車、終点の山形到着後ホームで夜を明かしていました。
電車で東北入りするときは東北新幹線か在来の東北本線経由が多かったため、山形経由というのは自分にとって新鮮です。

山形盆地の各駅を1個ずつ丁寧に停まりながら新庄着。ここは奥羽本線と陸羽東線・陸羽西線が交わるターミナル駅です。
山形新幹線の終着駅でもあるこの駅に、各方面からの列車が集中して到着し賑やかですが、それらが出発してしまうと、休日ということもあり駅構内には静寂が訪れます。

ここから秋田行きに乗車。ここから山形・秋田県境を跨ぎ横手までの区間は、JRの中でも未乗区間として残っていたこともあり、ここを乗るのが今回の旅の目的の1つです。
新庄を出てから、山形〜秋田の県境は人っ子一人いない寂しい場所でした。林の中を列車は走り峠を越えていきます。県境なので寂しいところを想像していましたが、ここまで人里離れたところとは思っていませんでした。
峠越えが終わったら盆地の里に入り、1時間くらい走ってから横手到着。新幹線開業前は特急列車が行き交っていましたが、山形新幹線・秋田新幹線に客を吸い取られ、特急街道の面影はすっかり消え去り寂しいローカル線になっていました。

横手からは北上線で岩手県を目指します。
1両の列車は結構混んでおり、キャンプやサイクリングで利用する人も複数見かけました。
なんとかロングシートの片隅に空席を見つけて着席。
架線のないローカル線の線路が、幹線から別れてカーブを描きつつ登り坂で山の中へ分け入ってい来ます。
その上を走って峠越え。峠を越えたら湯田ダムのダム湖を眺めながら並走します。


北上到着。昼御飯の時間ですが後の予定があるためおにぎり1個で我慢。
ここからは、K氏と合流し、引退が決まった臨時快速電車「ジパング」で盛岡に向かいます。
この「ジパング」とは、お座敷電車の先頭車と元特急「はつかり」「白鳥」の増結車としてストックしてあった中間車を組み合わせて、2014年より平泉観光に向けた観光電車として運行されているものです。
観光客向けのジョイフルトレインとしてあまり注意してこなかったのですが、特に中間車は485系特急型電車の最後の生き残りで特急として使用されて来た時代の内装を良く保っています。

1年ぶりのK氏との再会を祝し車内で乾杯、黙酒を嗜みながら昔の特急電車の思い出や東北新幹線が出来る前の東北特急の姿を想像しつつ、485系特急型電車の走りと乗り味を楽しみながら盛岡まで行きました。

はつかり号の面影を追って3-リバイバル特急スーパーはつかり2021年09月05日 17:00

はつかり号の面影を追って3-リバイバル特急スーパーはつかり

9月4日(土)午後2時半、盛岡駅ホームには、かつての東北新幹線盛岡開業時代、青森方面への連絡特急が待っていたその時のような賑わいを取り戻していました。
列車はかつてスーパーはつかりとして使用されて来たE751系の4両編成。現役当時は6両編成でしたが、東北新幹線青森開業での転用で4両編成に短縮してしまいましたので当時と比べると若干短いです。
前面には485系時代の特急はつかり号のヘッドマークを模した、特製のヘッドマークステッカーが貼られていました。

盛岡から青森に向けて走る「リバイバル特急スーパーはつかり」に乗り込みます。
車内は満員御礼。と言ってもツアー参加者は1名参加が多く、相席にならないよう2席予約をしております。
鉄道ファンのみならず家族連れも多く、かつての東北新幹線連絡特急といった雰囲気が車内にも伝わって来ます。

午後3時、リバイバル特急スーパーはつかり発車。記念乗車証を肴に乾杯、黙酒です。
記念乗車証は青い森鉄道・JR東日本・IGRいわて銀河鉄道の3社連名。この臨時列車の発案はJR東日本と聞きましたが、3社の調整に当たった関係者の苦労が偲ばれます。

列車は御堂〜奥中山高原の十三本木峠(奥中山峠)の登り坂に差し掛かります。鉄道と国道が並走し、20パーミル越えの急勾配を右に左に大きく曲がりながら、峠を登っていく雄大なシーンが繰り広げられます。

途中、二戸・八戸・野辺地で停車。ドアを開けて停車する各駅では、ゆるキャラ他お出迎えの人が迎えてくれます。
現役時代は盛岡〜青森を2時間で連絡する俊足の特急列車でしたが、このリバイバル列車は第3セクターになりそこまで俊足を求められなくなった事や各駅での運転停車の影響で、3時間かけて盛岡〜青森を連絡しました。

このツアーは昼食付きという事でお昼も控えて楽しみにしていましたが、午後4時40分に遅い昼食が配られます。このお弁当は、IGRいわて銀河鉄道が経営するレストラン「びすとろ銀河」が調整した特製の弁当で、洋食仕立ての美味しいお弁当でした。
掛け紙も往年の特急「はつかり」のヘッドマークを模した、好感の持てるデザインです。

懐かしのリバイバル特急スーパーはつかりの旅もそろそろクライマックス、陸奥湾に沈む夕陽を眺めながら、最後の力走をします。

18時7分、夕暮れの青森に到着。
駅では青森駅の職員さんが出迎えてくれました。
列車を降り、最後に振り返ると、往時の姿そのままのE751系スーパーはつかり号が停まっていました。

いつもなら列車の思い出話を肴にK氏と一献をするところですが、コロナの影響もあったり帰りの列車の都合もあったりでこのままお土産を買って解散。コロナが落ち着いたらゆっくり酒を片手に語り合いたいところです。

改めて、素晴らしい旅路でした。今回誘っていただいたK氏をはじめ、列車を企画していただいたJR東日本・青い森鉄道・いわて銀河鉄道の各職員の皆様、本当にありがとうございました。


【コラム】

115系中間車の工作15-車体の塗装その1(車内・貫通扉)2021年09月09日 21:57

いよいよ115系中間車の塗装開始。まずは室内の塗装から始めます。
室内および貫通扉は、更新車はGM#28西武アイボリーに、それ以外の車両は自家調色のライトグリーンに塗ります。

調べてみたところ、車体更新車は貫通扉が未塗装のシルバーらしい(もっと実車が現役の時に調べて記録しとけば良かった)ので、モハ114・115更新車の車内をマスキングして、貫通扉をシルバーに塗り直しました。

塗料が乾いてから貫通扉をマスキングします。

キュービックの面影を追って2021年09月11日 23:59

盛岡駅前に降りて、その姿を確実に減らしているいすゞキュービックバスをいろいろ撮って来ました。
20年前、同じく盛岡駅前の主役でありながら老朽化でその数を確実に減らしていたいすゞBU04の姿を追って、カメラ片手に盛岡駅前のロータリーに立った時の記憶が蘇って、胸が熱くなってきます。
これは引き違い窓のキュービックバス。1993年式の低年式車です。

これは側面ルーバーの形が異なる1995年式の最終型です。
これは特徴のない標準的な車両ですが、今となっては貴重な存在です。
これは排ガス規制対応でV8エンジン搭載に変更された1996年型。塗装が塗り直されています。

岩手県交通の車両は凍結防止剤散布の関係から車体下部が錆で傷んでいる車両が多いですが、これは25年以上前の車両にも関わらず傷みが少ない上物です。

そんな老朽車が多い岩手県交通にも新しい風が。中古エルガとまさかの電気バスです。
電気バスは発進時はすごい静かで、循環系統を中心に導入されています。

こちらは「緑銀」と呼ばれる新塗装の中古車です。

最後に、行先案内表示がLED化されていない原型の姿を残す貴重なキュービックを1枚。
また盛岡駅前でバスウォッチングしたいです。

盛岡土産にバスコレ岩手県交通BYD K9を購入。
これを置くだけでテーブルの上が盛岡駅前のロータリーになるのです。

115系中間車の工作16-車体の塗装その2(緑2号)2021年09月12日 15:55

115系中間車、いよいよ車体の塗装を始めました。
今回は荷電の時と同じく、緑→オレンジの順で塗装します。
まずはファルべの緑2号を車体全体に吹き付け。一度に吹くと液ダレで失敗のリスクがありますので、吹きすぎない量を2回に分けて吹き付けます。

乾かした車体を確認すると、車体にはキズや埃の巻き込みが見られましたので、爪楊枝の先端に紙ヤスリを接着した自家製ヤスリで磨きます。

再度車体の緑2号を吹き付け。最後は塗料を薄めに溶いてから軽く吹いて全体の色調を合わせます。


トミーテックから215系発売2021年09月16日 18:46

トミーテック(トミックス)から、215系DDLの発売が予告されました。
実車は東海道筋や中央線で活躍していた車両であり、北関東には縁の薄い車両では
ありましたが、近距離型電車にしては珍しい、2扉の優美なスタイルは好みです。
中央線のホリデー快速や、東海道線の湘南ライナーで乗った経験もあり、ちょっと欲しくなってくる存在です。
写真は東海道線の湘南ライナーに充当されていた215系で、2007年4月に撮影、仕事の代休を取って東海道貨物線を走る湘南ライナーに乗りに行った時のものです。