403K603編成の工作02_金属押さえドア窓の再現 ― 2026年02月08日 07:00
自分の大好物の、ドア窓ガラスに縁が無い「金属押さえドア窓」の再現です。これが削るだけの工作で比較的簡単に再現できるため、今回の工作もグリーンマックス413番の111/115系キットを使っています。
まず、車体側にモールドされているドア窓のHゴムをカッターナイフで削ります。
その後、爪楊枝に400番の紙ヤスリ片を接着した自作ヤスリで、削ったところを平らに水研ぎします。
400番の紙ヤスリでの水研ぎが終わったら、紙ヤスリの目を800番→1500番と細かくしていき、ドア窓を平滑に仕上げます。
この作業を1両分6箇所のドア窓に行い、平滑な金属押さえドア窓が出来ました。
ここまでの作業時間は1両分作るのに2~3時間かかっています。これをあと3両分工作しなければならず、好きで選んだネタとはいえちょっと気が遠くなってきます。
真壁のひなまつり2026設営 ― 2026年02月07日 18:32
毎年この時期の風物詩になっている、茨城県桜川市の「真壁のひなまつり」、今年も「お雛様の森を電車が走る」に、2023年以降毎年下館レイル倶楽部が協力展示することになり、粉雪舞う中設営と運営です。会場は、お馴染みになった旧田崎人形店(マップ番号C-41)です。
2月3日から3月3日までの開催期間で初めての土日となり、今日は線路と雛人形の設置とを手伝って来ました。
午前中いっぱいかかって線路と雛人形を並べ、午後からは列車を走らせながら店番。初日で天気も悪く、それほどお客様は来ないかと思われましたが、バスツアーの方々含め多くのお客様に展示を見ていただいて、ありがたい思いです。
403K603編成の工作01_材料棚卸しとベース車両の塗装剥離 ― 2026年02月04日 21:01
勝田電車区の403系・415系は、JR化後は、4両編成はK500番台・7両編成はK800番台の編成番号を付されていました。臨時の車両組み替えを行なった際には、4両編成はK600番台・7両編成はK900番台の編成番号となります。
で、タイトル。「403系K603編成」はググっても出てこないですが、これは昨年修繕した415系の中間車3両と合わせて、403系・415系鋼製車の定期営業最終日まで活躍した「K903編成」を作り切るため、ブログ編集の都合で便宜上つけた編成名です。実際にK903編成から4両を抽出した編成が実在したか、ウラは取っていません。
実車の415系K903編成ですが、公式での403系・415系鋼製車最終日である2007年(平成15年)3月17日、上野発高萩行きの387Mに充当され、本来ならそのまま水戸線運用に入り最終的に下館滞泊になる予定のところ、そのまま疎開先の高萩駅に取り込まれて廃車待ちとなりました。K903編成を構成する「クハ401-73・74、モハ403・402-12」も、製造名目は1967年(昭和42年)の水戸線電化用と、何かと水戸線に縁のある編成でした。
そんな403系の4両編成を、今回作ることにしました。
早速この日に備えて、今まで色々買い揃えてジャンク箱にストックしていた部品のサルベージです。
今回作る403系用にストックしていたGM#413の111/115系キットですが、先頭車が1両足りず、逆に中間車が1両多い状況。
ふんだんにあるオマケパーツで中間車から先頭車を捏造するべきか否か考えた結果、キットのストックにGM#413の111/115系キットがもう1箱あることを思い出し、その先頭車を1両失敬してくれば済むことに気がつきました。
残る3両と中間車1両が余ってしまいますが、これの使い途はあとで考えます(問題の先送り、とも言う)。。。
で、早速ランナーから使う部品を外して別袋に入れ、その他ジャンク箱にストックしていた部品類も使うものをピックアップして、いつもの透明ケースに入れます・・・が、今回部品が多く、窓ガラスパーツが透明ケースに入りませんでした。
かくして工作開始。まずは、先頭車のベースになるクモハ165の分解です。
今回の403系も、「ライト点灯+金属押さえドア窓」を再現するため、過去に作ったクハ401やクハ115と同じように、先頭車はKATO165系の車体・床板・ライト周りとGM111/115系キットの側板・屋根とを合成して作ることにしました。
分解したクモハ165は、いつものように塗装を落とすべくイソプロピルアルコールに漬けます。
漬け込んで数日放置し引き上げ、ラッカー系溶剤をかけた後、ブラシで擦って塗装を落とします。
「会いに、行こう」突発北陸行(2日目) ― 2026年02月01日 20:30
明けて2月1日金沢。
我が家のアラフィフ夫婦の二人とも昔よりも体力が落ちているため、この日は予定を変更して遅い電車に変更して、無理せずホテルで休養しました。
体調も回復して、 K氏夫妻と金沢駅で合流。新幹線つるぎ号の自由席で富山に移動します。富山駅では路面電車がお出迎えです。
富山駅からは存廃問題で揺れる富山地方鉄道に乗車。存続の見通しが立ったらしい立山線はともかく、第三セクター線と並行する宇奈月温泉への本線はまだ存廃の方針が出ておりません。
そんな本線、「乗れる時に乗っておこう」との思いで今回K氏にリクエストして乗車しました。
で、富山駅で待っていたのは、東急からの中古車17480型です。
今日は富山地方鉄道の1日券を買ったので、途中駅では降り放題です。途中の魚津で途中下車し、出発前から目をつけていた寿司屋に立ち寄り。シャッターだらけの地方都市なのでやっているかどうか心配していましたが、店に入ったら店内は賑わっており「当たり」を引いた感がして嬉しくなってきます。
キトキトの寿司ランチを発注。
12巻載ったこの寿司が1000円。大満足のランチでした。
魚津で昼食を食べてから、富山地方鉄道の電車に再び乗って宇奈月温泉へ。今度来たのは、乗りたかった自社発注車の14760型です。
車両は1979年〜81年に製造された、所謂「日車ロマンスカー」の末裔に当たる車両で、クーラー・ユニットサッシなど時代相応の近代化はされているものの、2扉転換クロスシートの車内が雰囲気良く、観光地に行く気分を掻き立ててくれます。
魚津から1時間程度電車に揺られ、暖かい車内で舟をこぎながら宇奈月温泉に到着。小学校4年生のときの家族旅行以来、40年ぶりの宇奈月温泉です。
駅前では温泉の噴水が出迎えてくれます。
ここでは、1時間強の時間がありますので、駅前の立ち寄り温泉に行き宇奈月温泉の湯で一風呂浴びてきました。
お湯はトロトロで、肌がスベスベになります。
宇奈月温泉ではトロッコ列車に乗り換えられますが、冬の期間はトロッコ列車は運休。車両はシートをかぶって保管されていました。
その中でも、ディーゼル機関車が何やらトロッコ列車の駅構内で稼働し、何やら作業をしていました。オレンジ色の車体が、冬に生きる逞しさを連想させます。
そんな訳で、1泊2日の慌ただしい中でも楽しかった北陸行きもこれで終わり。新黒部駅で新幹線に乗り換えて帰京です。
改めまして、金沢でガイドしていただきましたK氏夫妻、ありがとうございました。
「会いに、行こう」突発北陸行(2026.1.31-2.1)まとめ
「会いに、行こう」突発北陸行(1日目) ― 2026年01月31日 23:59
本ブログでも時々登場している、大学鉄研の先輩で30年以上の腐れ縁のK氏。いまは2024年に発生した能登半島地震に伴う復興応援要員として石川県に派遣され日々奮闘しております。
1年以上会っていないので、この度JREポイントや各種特典類を駆使して切符を調達し1泊2日で夫婦で北陸旅行を仕立て、会いに行くことにしました。
そんな訳で大宮駅から北陸新幹線に乗り込みます。ホームに入ってきたのは、JR西日本持ちのW7系トップナンバーでした。
車内に乗り込み、朝食がてら今回の旅の実り多いことを願って乾杯です。
大宮駅から2時間ほどかけて金沢駅到着。ここで K氏夫妻と合流。久々の再会に話を温めます。
一旦ホテルに寄って荷物を預けてから、市内バスで北陸鉄道野町駅へ。
ここから北陸鉄道石川線に乗って、加賀一の宮に初詣に向かいます。意外にもK氏は北陸鉄道の乗車は今回が初めて、とのこと。
北陸鉄道石川線の電車は、もと東急7000系のステンレスカーです。この電車で30分近く揺られて終点の鶴来駅に向かいます。
北陸鉄道石川線の7000系は、見た目こそ東急7000系ですが、路線の規格に合わせて足回り・電装周りは西武鉄道やらJRやら各社の中古品を寄せ集めて仕立て直した電車です。
走り出してみるとモーターの音は西武電車や旧国鉄101系のそれにそっくり、なんだか懐かしかったです。
ここからバスで白山比咩神社に向かいます。途中には廃線になったかつての終点加賀一の宮駅が保存されていました。
その後雪深い山道を歩いて白山比咩神社の本堂に到着。
初詣を兼ねたお参りをして、厳しいと言われるおみくじを引いて、帰りは鶴来駅まで徒歩で帰ります。
また電車で金沢駅まで戻ってきて、一息ついた頃にはすっかり陽が落ちています。
ここから今晩の夕食を食べに「ひがし茶屋」へ移動。
橋を渡り、雪夜のひがし茶屋を散策し、予約していただいた夕食の店へ。
写真を撮り忘れてしまいましたが、大変素敵な店でした。語らいの時間も大変楽しく、いい夕食となりました。



































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