あれから7年2018年03月11日 13:07

今日で3.11東日本大震災から7年。
喪われたあらゆる命と想いに黙祷。

あの日あの時、自分は栃木県の氏家で外にいました。
立ってられない揺れ、キュキュ鳴きして揺られる東北線の架線、揺さぶられて空に舞うスギ花粉、一向に治らない地震、停電で機能しない信号。
未だにアレが現実の出来事のように思えません。

被災しなかった人間がやるべき事は、数十年かかると見積もられる喪われたものの復興を支えその原資を捻出すべく世の中を廻す事。その想いは7年経った今でも変わりません。

不幸中の幸いにして、栃木に住んていた自分も、茨城に住んでいた両親及び親戚も、大きな影響は受けませんでした。
ただ、工作中の模型が破損した、それだけで済みました。

破損した模型(10系客社改造のドイツ型客車)は、「震災復興車」と粋がって工作を続けてきましたが、あれから7年、まだ完成していません。
慌てて工作しても良い事はありませんので、大意を忘れず引き続きゆっくり工作を続ける事にします。

理想のホームレイアウト2017年12月22日 23:22

学生時代の最後の頃、論文の作成に追われて毎日遅い時間に疲れ果てて帰宅している時、「このまま就職したら、仕事で稼いでくるため疲れは心身ともにもっと過酷になるだろう。そういう時、帰ってきてからササッと出して寝る前にサッと遊べて仕舞える、小さなレイアウトがあると疲れを癒すのに良さそう」と思いました。
遅い時間に仕事から帰ってきて、5分でセットして15分ほどお酒を飲みながら運転して5分で片付く。
シンプルでいいので、そんなレイアウトが欲しいと20年来思い続けていました。

程なく就職し、給料を趣味に廻せるようになってから、少しずつ材料の購入と設計とを始め、学生時代に買ったサイドボードを改造してレイアウトを作り始めました。いわゆる「泥酔鉄道高速新線」です。
初代作のレイアウトは2004年に開通、複線エンドレスが周回する都市近郊のレイアウトです。電車がテープカットをする動画をアップロードしたり、色々な角度からレイアウトの写真を撮って萌えたり、大いに遊びました。
しかしながら細かい所の仕上げをじっくり楽しむ段になって、レイアウト真ん中の柱周りの工作がうまくいかないと思うようになり、色々欲張りすぎた事もあり、少しずつレイアウト自体が厭になってきて、レイアウトに目を合わせないようになってしまいました。
そんなこんなで、部屋が手狭になったこともあり2010年頃に使える部品を剥ぎ取って解体。
 
CKCモデラーズ倶楽部でモジュールレイアウトを作って遊ぶようになり、いくつか作ってきたレイアウトモジュールが溜まってきました。
それを組み合わせてエンドレスにして遊ぶ事も出来るようになり、固定式レイアウト廃棄後はモジュールを組み合わせて遊ぶようにもなりました。
しかしこれは準備に1時間程度はかかり、「帰ってきてからササッと出して寝る前にサッと遊べて仕舞える」 には程遠いです。
結果的に、モジュールレイアウトを自宅で組んで走らせるのは、モジュールオフ前に試運転も兼ねて、年に1度あるかどうか?という感じになってしまいました。

これらの反省もあり、「帰ってきてからササッと出して寝る前にサッと遊べて仕舞える」 を目標に、モジュールしても超小型レイアウトとしても使える、ミニレイアウトを製作しまいた。バスも走る、江ノ電風ローカル私鉄をモチーフにしたミニレイアウトです。
こちらはバスコレ走行システムとレイアウトモジュールとの併用という小さいながらも欲張り仕様。
しかし、可搬式にした副作用で、建物のセットに時間がかかるようになっていまいました。
「帰ってきてからササッと出して寝る前にサッと遊べて仕舞える」 には程遠く、またレイアウトを走れる車両も限られる事から、実は最近これではあまり遊んでいませんし、続編も工作が停滞しています

色々不満要因を考えた結果、私鉄よりも国鉄JR派である事、そのため列車はある程度長編成を違和感なく走らせたい事、準備後片付けに時間がかからない事、ストラクチャー少なめで飽きのこないミニレイアウトもう1つが欲しくなってきました。
そんな中、昔のトミックスのレイアウト写真(レイアウトベースキットの作例だったかも)で、900×600の立体交差付きミニレイアウト(当然ホームは1~2両分)をトグロを巻いて快走する6両編成の特急の写真があったのを思い出ました。
トミックスのレイアウトベースキットを使った山岳レイアウトで、癒しのホームレイアウトに向けてもうワンチャンス!?
(もううちにレイアウトを置く場所はありません)

血の繋がり・手先の繋がり2017年06月26日 19:00

自分は小学校に上がる前に実母を亡くし、高校を出るまでの12年間、父方の親戚に親子でお世話になっていました。
実母の記憶はあまりないのですが、今回の件で写真を捜すため親戚宅をいろいろ捜索していた際、実母が作った工作品が出てきました。
出てきたのは<strike>マイクロエースの</strike>木箱。「手織 佐賀錦」と書いてあります。

40年経ってすっかり古びた箱を開け、中身を見てみると。。。
手作りのペンダントやイヤリングやネックレスやブローチが入っていました。

実母の記憶が無い中、なぜか「ブローチ」という言葉は憶えていました。なんかアクセサリーみたいなものらしいけど、男物ではないのであまり深入りして調べる事もないまま年を食ってしまいました。
それがこれ。実際に形になっていたのです。

手先を使った工作好きのDNAを、親子でしっかり引き継いでいたことを思い起こさせられました。
なんというか、やっぱり「血」だな、これは。

即売会とスワップミート2017年05月01日 22:39

ツイ廃と化しているので、毎朝の通勤にはツイッターをやる携帯が、毎晩の帰宅には缶チューハイが欠かせません(まさに廃人)。

そんなアンニュイなメーデーの出勤途上、ケータイをプチプチしていると、先日の鉄道模型市で、出店しているお店同士で「美味しい」商品の売買が為され、出店していない一般参加者が割りを食う話が流れてきました。
この手のスワップミート(交換会)というか即売会にお店を出した記憶はないものの、大学鉄研から今に至るまで、公衆の面前で鉄道模型を扱う際には、「内輪での盛り上がり」からは極力距離を置き、見に来ていただけるお客様を第一に考えて都度振舞っていた自覚はあります。
そんな流れで携帯に流れる話を読んでいると、やはり昔の「スワップミート」の流れで、内輪で盛り上がりたいのなら、相応の名付け(スワップミートを名乗る)とかした方がいいと思います。
逆に言えば、スワップミートを名乗らないのなら、出店しているお店はお店らしく振舞うのが、鉄道模型業界全体の質をより良くするのではないかと思うところです。

そういや、今工作中の奴、まさにちょうど10年前の鉄道模型市で仕入れてきたのを思い出して、過ぎ去りし日々を悔いつつ酒を呷ってます。

杉田俊介「非モテの品格」を読んで色々考えました2016年12月31日 13:35

見えない周縁の「感情」

2016年は、イギリスのEU離脱国民投票や、アメリカのトランプ大統領の当選といった、世の中にとって大きな出来事がありました。
それは目立つ都市に対してその周縁の田舎が見えなくなっていたこと、見えないだけなのにも関わらずその感情や動きが、「存在しないもの」とみんな見なして忘れていた故の「失敗」でもありました。

日本でいうと、よくその苦境が話題になる層に対し、その周縁で「差別し抑圧してきた」と断じられる男性・健常者といったマジョリティ層の「生きづらさ」は今まであまり議論にもなりませんでした。
しかし、その苦悩は「見えない」だけで「存在しない」ものなのでしょうか。
その疑問が積もり、日本において「男の生きづらさ」が多く話題になり多くの著書に綴られた年でもありました。

「感情」の時代の品格ある振る舞い

そんな中、とりわけ「非モテ」とも呼ばれる「人との縁が築きにくい」ことで苦しみさらに周縁の周縁に追いやられる人々が、どんな姿勢で生きていればいいのか、杉田俊介「非モテの品格」を読みながら、しばらく考え込んでいました。
自分も、著者の杉田俊介同様に、結婚してなおこの問題に囚われている「非モテ3」の当事者であり、今なおこの問題をぐるぐると考え込んでいます。

同著については、何度も読み返し、同著が問題にする男性の自己嫌悪からくる「生きにくさ」、その問題自らが抱える「伝えにくさ語りにくさ」は深く共感し分かったつもりですが、その感想を自分の言葉で全くまとめられない。逆にタダでさえこじれて困難な「男の生きにくさ」をコンガらがせる文章にしかならない。
正直、付箋はいっぱい貼ったのに言葉にならない、左脳に染み込まない、大変もどかしい読書体験になりました。

考え込んだ結果、同著の感想を考えながらネットで目にして深く引き込まれた、「『非モテの品格』を実践する上で、重要なネット記事」を紹介します。

子どもの貧困 「昔のほうが大変だった」への対処法(Yahoo!個人 湯浅誠) 「でも、修学旅行いけないのもとても大変なんです」「でも、大学に行けないと生涯賃金はこんなに違ってしまうんです」と、穏やかにだが反論したくなる気持ちが生まれると思う。
しかし「でも~」で始めてしまうと、今度は相手が否定された気持ちを抱くことになる。
今の子どもたちの貧困を認めることが、何か自分の幼少期の苦労を置き去りにすることになるような、そんな感覚を万が一にも持たれてしまっては、関心を寄せ、耳を傾けてもらうことは難しくなる。
否定し合う関係に入ってしまうと、目線を合わせて同じ方向を向くことは難しくなる。「否定された感」から反発が生まれることさえあるかもしれない。
(中略)
重要なのは、この力をもつ人たちが理解してくれないと、子どもの貧困対策の進まない場合があるという事実のほうだ。
コトは「感情」の取り扱いにかかっている。
私たちは相談者に対するとき、感情的なひっかかりを取り除いて初めてこちらのメッセージが入っていくという事実があるのを知っている。
(中略)
「昔のほうが大変だった」という言い方を受け入れると、今の子どもたちの大変さを否定することになるという受け止めは、論理的には正しいかもしれないが、感情的には正しくない。
よくよく読んで見ると、感情のやりとりを進めるため、立場の弱い若者・子供にも「反論したくなる気持ち」を抑えることを要求する、「弱者に厳しい」踏み込んだ指摘であり、強く共感すると共に、「よく踏み込んだな」と思いました。

しかし、大事なことはまさにここ。
男性も結局は「感情の生き物」であり、どんな環境にいようとも自分の感情を尊重し、それと同じように他人の感情を尊重すること。感情の尊重を意識して、可能な範囲意識したことを実践すること。
難しいかもしれないが、常にこのことを意識して振る舞うことが、全ての男性が「非モテの品格」を実践し、より健やかに生きやすい人生に繋がるように感じました。