茨城私鉄紀行(下)2015年11月29日 08:17

勝田からは常磐線の普通電車で大甕に移動。ここからが後半戦です。
20分ほどで久慈川を渡り日立市入り。その最初に駅の大甕でおります。
ここからからは10年前に廃線になった日立電鉄線の廃線を活用した「ひたちBRT」に試乗。住宅街の中をクネクネ曲がりながら坂を登っていた日立電鉄電鉄の軌道敷をバス専用道に転換したものです。

ひたちBRTは大甕〜久慈浜の鉄道跡地が専用道路になっていますが、久慈浜駅跡地は図書館になっており、昔電鉄が走っていた痕跡は、周囲に比べて妙に新しい建物や道路や水路からしか伺えません。
図書館前には日立電鉄77年の記録を記したモニュメントがありました。

久慈浜駅跡周辺を30分ほど歩いた跡、元の大甕に到着。売店で燃料を補給し、上り電車に乗車。
ちょうどお昼の時間でしたが水戸駅は出入りの駅弁屋が廃業し、駅ナカコンビニで売られている冷蔵弁当しか見当たりません。食指が伸びず、コンビニのフランスパンサンドで食事をすませることにしました。

時間はまだ午後1時。ここから水郡線を北に向かい、ときわ路パスの範囲を外れますが磐城棚倉に出れば、茨城のBRTの先祖というべき白棚線に乗って晩御飯までに帰宅することができます。
当初は、BRTや軽快気動車など地方鉄道のダウンサイジングの事例をいろいろ見て、印象の残っているうちに比較考察する腹積もりでいたのですが、無理して欲張ると後が辛そうなのと、栃木から行った方が白棚線は早く行けそうだったので、今回は断念。水戸線を横断して茨城を出ることにしました。

品がないくらいド派手なショッピングモールのある内原を通過し、友部で水戸線に乗り換え。
乗り換えた水戸線は3扉の古い電車(このブログでも度々出てくる415系電車です)、外見こそモダンなステンレスの古めかしいモーターと送風機の音が、古き良き国鉄時代を彷彿とさせます。これもそろそろなくなりそうです。
この電車が出たばかりの頃、「13参り」で村松の虚空蔵尊にステンレス車で連れて行ってもらったような。


下館着。先週も来たような気がしますし、それ以前に死ぬほどなじみがあるような気がしますが、ただの旅人は他人事のような表情で常総線に乗り換えて下妻に移動。

下妻駅では水害復興記念列車の展示が行われていましたが、自分が着いた時には既に発車した後でした。その脚で騰波ノ江駅に移動。関東の駅百選にも選ばれた駅で、新しい駅ですがデザインは旧駅のそれを模したもので、一部の部材は旧駅のものを再使用しています。

騰波ノ江駅の事務室はステーションギャラリーになっており、模型展示がありますので、少し覗かせていただきました。HOゲージで常総線の風景が再現されています。
また構外には常総線100年事業で設置されたトロッコ線もあり、軌道自転車を体験できるようになっています。

駅前のベンチは古そうな転換クロスシートが備え付けられていますが、もともとはどこの電車に付いていたものでしょうか。

今回の旅行は上下2回に分けてアップロードする予定でしたが、ここから先も書きたいことがいろいろ出てしまいました。
もう1回分続きがあります。