おかえり北斗星02-中古屋で増結用客車を(σ・∀・)σゲッツ!! ― 2015年09月19日 07:50
シルバーウィークが始まりました。
自分は予定を入れていなかったのですが、仕事の話がきましたので対応。。。
今日はこれから仕事です。
さよなら北斗星の導入を検討しているうちに、北斗星用客車をあれこれ調べたくなり、その結果興味が出てきて、手元に仲間を増やしたくなり。。。いつものスパイラルが始まってしまいました。
そんな中、オ⚪︎ハウスをふらついていたら、1両500円で投げ売りされていた客車を発見。1両500円だったら安い、と思い3両購入してきました。
帰ってきて車内をよく見たら、3両中2両は室内灯内蔵!いいもの引きました。
地方で親が子供に鉄道模型を買い与える場合、まず鉄道模型店があまり無く、また値段も結構高額になっているので、オ⚪︎ハウス等の中古雑貨店で中古品を調達することも多いのではないでしょうか。
正直、中古鉄道模型店に比べて値付けの精緻さが1ランク落ちる(多分鉄道模型専門の店員が見て買取や管理をしている訳ではないため)せいか、時々こういう「あたり」をみかけます。
こういうことがあるからオ⚪︎ハウスは侮れないでござる。
今回購入したのは、3両ともJR北海道のオハフ25、オハネ25-560、オハネ25-550です。
車体はジャンク相当、車輪は黒く汚れており、またカプラー交換もされています。前の所有者はかなりの愛情をもって弄り倒した模様ですが、うちで走らせるには整備が必要そうです。
休みになったら、サウスショア線の電車とあわせてこのあたりを整備します。
おかえり北斗星01-家族会議 ― 2015年09月17日 07:30
物心ついた時から絵本の世界で慣れ親しんだ寝台特急「ブルートレイン」。子供の頃はまだ憧れの存在でしかなく、一人で出歩けるようになっても、憧れのままでした。
今まで乗ったのも、実は3回しかありません。
2003年冬 あけぼの(大宮→大鰐温泉)
そのまま、今年夏に最後のブルートレイン「北斗星」が運行を終えたのは周知の通りです。
ブルートレインの正常進化というべきデザインの列車は、文字通り日本の鉄道の新たなシーンを象徴する列車でした。
ブルートレインに縁の深い人生ではなかったけれど、ブルートレインの最終形態は手元に遺しておきたい。そして、日本の鉄道のターニングポイントを象徴する記念すべき列車を、何としてでも入手し、ずっと手元に遺しておきたい。今まで所謂「さよならシリーズ」は手を出さなかったけれど、北斗星だけは別格の存在だ。
今年夏頃から、そんな強い思いに駆られるようになりました。
そんな中行った、ある日の家族会議を晒します。昨日の帰り、電車ね中で呑んでいたらふと思い出しました。
クロ「間もなく鉄道模型で北斗星の最終列車を再現した『さよなら北斗星セット』という製品が出る。さよなら北斗星は鉄道模型ではない。日本列島が一本でつながり、また日本の鉄道が再生し新しい時代に向かったことを象徴する、非常に重要なモニュメントであり、自分にとって大きな意味を持つ『家具』である。だから、安くはない(定価で6万円程度)けど発売されたら万難を排して購入したい。もちろん買ったからには『家具』として大事に扱う。鉄道模型ではないので加工はせず大事に遊ぶ。自分の身に万が一のことがあればオ◯ハウスに持っていけば1万円くらいにはなるだろう。だからこの大きい買い物を許してほしい」
妻「そんなに大事なものなら、万が一の時は一緒に火葬してあげる」
クロ「いや金属やらプラスチックをやら使っているから一緒に火葬はできないと思う」
妻「じゃあ好きな一両を骨壺にいれてあげる」
俺「それじゃあ常磐線のクモハ103で、ってちょwwwま」
(公開に耐えられるよう、枝葉の部分は若干脚色を加えています)
夫婦漫才みたいなオチですが、家族の理解はどうやら大丈夫そうです。あとは予約とは発売までの金策。。。
さよなら北斗星00-もはや鉄道模型ではない ― 2015年09月16日 07:17
50系客車の仕上げ ― 2015年02月28日 05:08
泊まり明けの昨日、残業をしようとしたら、上司から「疲れ果てているその状態では仕事にならないから帰れ」と言われて定時で退社をしました。
家に帰ってから夕食を作り、家族で食べて、落ち着いて時計を見たら、いつもなら普通に仕事をしている時間でした。なんだかちょっと悲しいようなほろ苦いような気持ちになり、疲れていた事もありそのまま就寝。
タモリ倶楽部も見事に見逃しました。。。
そんな訳で寝たのが早い時間でしたが、疲れているにも関わらず、早朝4時の変な時間に目が醒めてしまいました。
今日も仕事なので、体力を回復させたい気持ちもあるのですが、そのまま布団にくるまっているのも暇で苦痛ですので、眠くなるまで模型弄りをすることにしました。
前回、Hゴム塗装の失敗をしたところは、ゴム色のグレーを広く塗った後、エナメル系塗料の赤を適当に調色して塗り重ね、乾かしてからゴム部分だけ溶剤で拭き取って表現することにしました。(模型のHゴムは掘りが実車なみに浅く、普通に烏口で色入れするのはかなり難しいです)
当然色味が異なり、塗り重ね面も凸凹になるのですが、実車も末期のときは、自慢のレッドがつぎはぎだらけの塗装になっていたようですので、これで遊ぶことにします。
50系客車は、普通車のみの単調な編成ですが、ちょっとバリエーションを出したくて、オハフ50のうち1両は、トイレがある方の車掌室とは反対側のテールライトを光らせるようにします。
ベースは旧製品(#2530)の方のオハフ50。
車掌室が無い方もドア操作用の業務室となっており、同じようなデザインでしたので、無加工で床下を逆に組み立てれば納まるかと思いましたが、そこまで都合良くはなく、若干の加工が必要でした。
点灯式ライト収納部分の出っ張りが大きく、そのままでは室内に納まらないため、嵌め込み式の窓ガラスの下部を、トイレ部分とだいたい同じ程度の寸法に削り落とし、ライト収納部分が納まるようにします(写真上)
また、ライト収納部分出っ張りは、トイレ側ではあまり目立たないのですが反対側に移設することで窓を通して丸見えになってしまいますので、出っ張り全体を黒で塗装。あわせて向きを変えたことで位置関係がずれる室内パーツも、窓からみて特に目立つデッキ仕切りを削ってしまいます。
床下はトイレ用の水タンクが付いているため、室内やライトパーツとはさらに逆の本来の向きに組み付けたいところでしたが、床下自身もライトパーツを納めるように成形されているため、室内やライトパーツと同じ向きに取り付けなければならなかったです。
なお、写真下は現行のトミー製品(#2501)の床下。ライトがLEDチップになっておりライト収納部分が大変コンパクトになっています。その他、室内とはいえ成形パーツが細かくなっており、Nゲージ鉄道模型の製品の進化がここでも分かるようです。
車両に番号を転写。番号は最晩年の盛岡〜青森間の客車列車で使用されていた選びました。青森在住の50系客車ファンの友人K氏が大学時代こまめに車番をメモしていたのを思い出し、電話で番号を訪ねてみたら、そのメモが手元にないのに、ある日乗った「オハフ50 2321」「オハ50 2200」とスラスラと出てきました。50系客車への想いが素晴らしいです。
もう1両は製品付属のインレタのまま「オハフ50 2330」をチョイス(盛岡所属の車両でした)。
北斗星間合いのEF81が牽いていた最末期の姿を表現するため、JRマークも惜しげ無く(これの分売が無いのです。。。)使用します。
かくして色も微妙に異なる、最末期の3両編成が完成。
赤い車体に白や銀の表現が映える、シンプルで機能的な姿です。模型的に見ても、いろんな機関車を引き立てる脇役として活躍しそうです。
テールライトはこんな感じ。
改造して付けたトイレの無い業務室側のテールライトも、違和感がありません。
公開の場で走らせても、気づく人はあまりいないと思われますが、結構自己満足に浸れそうです。
水戸線蒸気時代の客レ25-スハフ32完成・オハ61(修正)完成 ― 2014年12月29日 20:05
今年下半期に工作を進めていた、水戸線蒸機時代の旧型客車4両ですが、「3両完成」をうたった今年10月の時点では、オハ61とスハフ32は塗料の白化が酷く塗り直すことにし、完成させることができませんでした。
翌月11月に行われれた「下館駅なか・駅前フェスティバル」には残り2両を組み立てて持ち込みましたが・・・
急造しすぎて窓ガラスが接着剤はみ出しまくりの適当過ぎになってしまいました。
また、当日の展示から水戸線を走ったオハ61の車番も知る事ができました。
11月の時点で再塗装・クリアー吹き・番号入れまで済ませていたオハ61とスハフ32ですが、一旦適当な番号をつけていたオハ61のナンバーを削り、水戸線を走っていた「オハ61 2732」に付け替えます。
もとの番号を削って・・・
GMインレタから数字を拾います。
その後、表面保護と白化効果とを狙ってMr.スーパークリアを再塗装しますが、白化しすぎないように慎重に吹きすぎたせいか、もとの綺麗な栗色が残ってしまっています。
その後、透明ゴム系接着剤で、窓セルを接着し、窓にはみ出た接着剤をクルクルと楊枝で丸め取ります。
かくして・・・
オハ61とスハニ32が完成。
スハニ32 2357は現役時代水戸線を走っていたか不明ですが、この車両こそ今の動態保存車のエース、時空を超えて何と連結させても並走させても似合います。
これで今年の車両工作は終わり。明日某所に持ち込んでお披露目です。




















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