高崎に行ってきました2017年11月12日 21:06

あのE7系の!あのW7系の!
北陸新幹線で高崎へ!
乗った新幹線はJR西日本のW7系で、東西共通設計ながら車内に流れるチャイム等に、どことなく東日本の新幹線とは異なったエキゾチックな雰囲気が伝わってきます。
奇しくも20年前に廃止になった碓氷峠を越える、白とピンクの「白山」「能登」を思い出します。
まずは車内でカンパ〜イ♪
といいつつ、法事なのでノンアルコールで自重。
朝食は駅弁にしようと思ったのですが、郷土の駅弁しかなく(しかも千円越えの商品ばかり・・・)、大宮の駅ナカでビビンバを仕入れてきました。駅ナカは駅弁文化のライバル・・・という前に、埼玉はNREの工場が北戸田にあることから、文字通りの地場弁当としてチキン弁当くらいは置いておいてくれてもいいと思います。
(チキン弁当、醒めた目で食べればそれほどは美味しく無いのですが、その「まがい物」感まで含めて、古き良きそして美味しき最高の駅弁だと思ってます)

高崎到着。
ホームの向かいにはいよいよ引退が始まったE4系Maxが入線してきました。
奇しくも、ホームに入ってきたのは、長野直通対応のP82編成、E4系のラストナンバーでした。

小春日和の法事と墓参を終えて、精進落としでヘベレケに酔っ払った帰り道。

高崎駅はやっぱり國鐡高崎でした。
スノープラウ兼用のスカートも凛々しい211系が、今時の高崎の主役です。

帰りは神奈川に帰る義両親と共に湘南新宿ラインの特別快速に乗り込みます。
ホームの片隅には115系電車も。。。

以上、とんぼ返りの高崎行きでしたが、お土産に法事の席で聞いた、「霊は存在する」という興味深い話を。。。

上信タクシーのある運転手氏が、群馬の国立病院から若い女性の客を乗せてその自宅まで行き、「お金を取ってきます」と言い残して家に入って行きました。
そのまましばらく戻らず、乗り逃げを憂慮した運転手氏が自宅に入ると父親が出てきました。
「おたくの娘さんがタクシーに乗ってきたままお金を払ってないのですが。」
「いや私の娘は国立病院に入院しており、今しがた亡くなった連絡を受けたところ。タクシーに乗って帰ってくるはずが無い。」
「そんな馬鹿な(姿形格好の説明をする)」
「確かに。これがうちの娘です(写真を見せる)」
運転士絶句。

583系の工作03-ナンバーの転写2017年11月13日 20:53

キシャ会社のインレタで、583系電車の表記をナンバリング。
番号は、青森区で最後まで使用され、その後秋田に転じて2011年まで活躍したN22編成をチョイスしました。
クハネ583-5
モハネ583-6
モハネ582-6
サロ581-33
モハネ583-12
モハネ582-12
クハネ583-20

奇しくもこの編成、2002年の東北新幹線八戸開業前日の臨時特急「さよならはつかり」に使用された編成でもあります。
この車両に乗り、一ノ関から青森まではつかり号のお名残乗車を果たしました。
いつまで座っても疲れないソファのようなゆったりした座席と、モーター車なのに静かな遮音性からなる、古き佳き特急列車の乗り味を存分に堪能したことが、昨日のことのように思い出されます。

合わせて、エンドの①②表記(キシャ会社)及びATS-P/Sn表記(レボリューションファクトリー)をレタリングで表記、

ATS表記は黒色のインレタで、厳密に言えば青色ではありませんが、JR時代も現役で駆け抜けた姿になり、とても引き締まって見えます。


センベロ・ルミノソ(アルコールで舗装された)輝ける道2017年11月15日 23:59

金曜夜、家族は実家に帰って不在、適度を超えた残業で腹ペコ。

諸条件が満を持して整いましたので、憧れの「せんべろ」をやってきました。
決行先は、あなたの街の「サイゼリヤ」。
ブログ更新日時から色々間違っているのは、ちゃんと「べろべろになった」証です。。。

この記事を読んでから、何かとコスパ方面に強いサイゼリヤで酔っ払ってみたいと思っていたところ、金曜日決行と相成りました。
お酒のアテは、40数年間生きてきて初めて食べるカタツムリ。イヤが上にも期待が盛り上がります。
今回はチーズと唐辛子で味をアレンジ。念願のファーストコンタクト♡

・・・・・・なんか独特の臭みがあり、しばらくはいいかな?って感じです。
しかしながらサイゼリヤの赤ワインの飲みやすいの何の。
これは正しく「二日酔い製造液」ですねぇ。

そんなこんなでベロベロになる頃合いを見計り、長っちりすることなく御愛想。
ちゃんと1000円に納まりました。

思うに、「勝ちパターン」は、ワイン400円、主菜399円、あとは泳ぎ代、って言った感じだと思います。

大人になった皆様も、サイ◯リヤ(今更伏字・・・・)でレッツせんべろ♪

583系の工作04-屋根の塗装2017年11月17日 06:54

屋根の工作?やーね(間髪入れず差し出されるぶぶ漬け)


今週1週間でここまで進みました。やっぱり平日は疲れてしまい手が動きません。

5両分の屋根は、JR時代をイメージしてタミヤジャーマングレーを吹き付け、クーラーやベンチレータを残してマスキングします。
鉄道模型でしか特急に馴染みのない人にとって、国鉄型特急電車というと、屋根はシルバーのイメージがありますが、JRになり塗り替えや再整備が進みと、果たしてシルバーでいいのか悩んでしまいました。
今回作る583系のうち5両は、1993系に何らかの更新工事を受けたところに、走り込んで若干汚れが付いているだろう様子を想定し、いつも屋根に使っているジャーマングレーを選びました。
(あと2両は?今後のお楽しみです)

合わせて、クハの屋根上にはアンテナ取り付け孔を3箇所抜きます

1個は国鉄末期に整備された無線アンテナ、残り2個は常磐無線アンテナ(?)でしょうか。
それにしては常磐アンテナ(?)の形が平べったいし間隔が空き過ぎているような。。。

583系の工作05-車体のスミ入れ2017年11月18日 11:07

朝起きて4時間ぐらい車体ドア部等にスミ入れをしていました。
エナメル系塗料を薄めて隙間に刷り込んだり消したりの繰り返しです。
なかなか均等に色が入らず、やり直しを繰り返しているうちに青色も落ちてきて、「やらない方がよかった」と後悔するレベル・・・

一応、KATOとトミックスとで墨入れの色で雰囲気も変えたつもりです。もともと車体のクリームが濃い後者が「全検・要検明け」の想定で、ゴム部のグレーも薄めの色であっさり入れています。。

合わせて、運転台部(車体のクリームと運転台周辺の青色パーツの双方)内の運転席を白緑色に塗りました。
もう少し手をかけたくなり、スミ入れした塗料が乾くまでの間、運転台のようなものをプラ板細工で作ります。
向かって右側、斜めっている部分は、速度計が納まる場所です。昭和40年代までの近郊型〜特急型国鉄電車の場合、この位置に速度計があ理、他のメーター類は机の上に上向きに乗っているようです。

合わせて、運転席を貫通している屋根ライト導光部も、グレーに塗って目立たなくします。
底面だけはしっかり塗料を落とすところがポイント。
運転席窓越しの景色が、ちょっと表情豊かになりました。